第一章―10
場の空気は、何だか重たかった。
会議用長テーブルのこちら側には、俺と真結。向こう側には古川。そして部屋の奥、いわゆるお誕生日席に志ヶ灘が腕組みして座っていた。
放課後の、ミステリ研の部室だ。
真結と古川に謎が解けたらしいという旨を話したところ、二人は二人とも観念したような様子ですべてを了解した。ミステリ研の部室に行くことについても大人しく従ってくれた。
それは良かったのだが、いかんせん空気がお通夜だ。
真結は叱られた子どもみたいに俯いているし、古川は堅い表情で黙りこくっている。志ヶ灘はというと、そんな二人の様子を口もとに笑みを含みながら満足げに見物していた。鬼かお前は。
「全員集まったみたいですね。では、そろそろ始めるとしましょうか」
志ヶ灘は全員をゆっくりと見回すと、おもむろに口を開いた。
「この事件、事実関係が錯綜していて分かりづらいんですけど、とりあえず分かりやすいところから始めましょう。昨日の降霊会で起きた、数々の現象についてです。
とりあえず、謎について整理します。降霊会で起きた怪奇現象は、四つでしたよね。その四つの謎って何でしたっけ、せんぱい」
「あ、俺?」
どうして俺に振るんだ。と思いながら、仕方ないのでワトソン役を務めることにする。
「四つの謎っていうのは、ええと。まず一つ目が、教室後方の棚に置かれていた二つの花瓶が落ちて割れたこと。二つ目が、教室後方の棚に置かれていた二本のろうそくと、全員で取り囲んでいたろうそくが消えたこと。三つ目が、教室の一つの机がかたかた鳴り出したこと。そして四つ目が、最後に見付けた赤い手形だ」
昨日、志ヶ灘が言ったように、このうち花瓶とろうそくと机については、「どのようにやったか?」が分からないハウダニット。しかし、赤い手形については「何故やったか?」が分からないホワイダニットだ。
志ヶ灘は「怪奇現象の解説の前に、犯人を明らかにしておきましょう」と言った。
「詳しいことは後で説明しますけど、明らかに犯人だと分かるのは、古川先輩と小田切先輩――いえ、小田切先輩のフリをしていた誰かさんです。でも、この怪奇現象のトリックは、その二人だけでは実行不可能なんですよ。すなわち、共犯者がいた。それが篠田先輩です」
そうですよね、と志ヶ灘は真結に目をやった。真結は渋々といった様子で、「証拠は?」なんてことを言う。だが残念、それは追い詰められた犯人の常套句だ。
その様子を見て、志ヶ灘は実に満足げに笑みを広げた。
「証拠は後で。順番に説明していきましょう。まず一つ目、花瓶が落ちて割れた謎について。
いいですかみなさん、誰も手を触れていないのに、誰かの故意によって花瓶が落とされた場合、考えられる可能性は二つだけです。遠隔操作か、時限式か。
ここで注目すべきは、教室後方の棚には二つの花瓶があったけれど、そこには同時に二本のろうそくもあったという事実です。ろうそくと言えば、時間の経過とともに小さくなっていく物体。これを使えば、時限式で花瓶を落とすような仕掛けが作れるとは思いませんか、せんぱい?」
「うん」だから何で俺なんだよ。他の奴に振れよ。
「具体的に仕掛けを説明します。まず、犯人は花瓶にタコ糸か何かを巻き付けました。糸のもう一端は教室の壁に、画鋲か何かで固定します。この状態で花瓶を、棚から落ちるぎりぎりのところに置いておくわけです。花瓶は糸で壁とつながれていますから、落ちることはありません。逆に言えば、糸を切れば花瓶は落ちてしまうわけです。
犯人はその糸を切る手段に、ろうそくの炎を利用しました。花瓶と壁をつなぐ糸のところに、ろうそくを置いたんです。そこで火をつければ、ろうそくは次第に短くなり、火はやがて糸の部分にまで到達します。これで糸が焼き切れたため、花瓶は床に落ちて割れた……。一つ目の謎はこういうわけです。花瓶に巻き付けた糸は燃えてしまいますから、証拠も残らずお得な方法ですね」
「なぁるほど」
志ヶ灘が俺にワトソン役を期待しているらしいので、相槌を打ってみた。古川の顔色を見るに、志ヶ灘の推理はどうやら正解らしい。
「次に、二つ目の謎です。教室内にあった三本のろうそくが、誰も触っていないのに消えました。これについても、可能性は遠隔操作か時限式かに絞られます。さっきも言ったように、ろうそくは次第に短くなるという特性がありますから、時限式だと検討がつきます。
もっとも、この謎についてはそんなに小難しく考える必要はありません。ご存知のように、ろうそくが燃えるのは芯があるからです。逆に言えば、芯がなければろうそくは燃えない……。犯人は三本のろうそくを同じ長さのところで切り、それより下の芯を抜き取ってから元に戻したんです。これで、一定時間が経過すればろうそくの炎が自動的に消える仕掛けが出来上がります」
「なぁるほど」と俺。
「そして、三つ目の謎。誰も手を触れていないのに、机が鳴り出しました。
これは多分、携帯電話のバイブを利用したんだと思います。携帯電話が机の中でバイブすれば、机もそれに呼応して音を立てますからね。問題は、どうやって机の中の携帯電話をバイブさせたかです」
「それ、アラーム機能か何かじゃないの? 時刻設定して、その時間にバイブするようにすれば」
「違いますよ、せんぱい」志ヶ灘は俺の推理を無下に否定し、「時刻設定じゃ、確実とは言えないんです。降霊会がいつ始まるか分からないし、どのタイミングで机を鳴らすべきかも分からないし。下手なタイミングで鳴らせば、みんなにネタがばれちゃいますかから。犯人は、自分が思った通りのタイミングで、携帯をバイブさせる必要があったんです」
「とすると、遠隔操作かな。メールか、通話で」
「そうです。犯人は自分のポケットの中に入れてあった携帯電話を操作し、机の中の携帯電話をバイブさせたんです」
「そっか……。うん? でも、それはおかしくない?」
犯人は自分のポケットの中に入れてあった携帯電話を操作した。すなわち、手を使ったということだ。
でもあの時、俺たちは全員隣同士で手をつないでいたじゃないか。
この論理だと、犯人はつないでいた手を離して、携帯電話を操作したということになってしまう。
「そこが、私が共犯者がいないと駄目だと言った箇所ですよ、せんぱい」
志ヶ灘はどこかしら嬉しそうに笑って、
「あの時、私たちは全員、円になって隣同士で手をつないでいました。順番は時計回りに、偽の小田切先輩、篠田先輩、奈須西せんぱい、古川先輩、私の順です。円なので、私と偽の小田切先輩が手をつないでいたことになります。ここで考えるわけですよ。この中で、手を離しても問題ない部分はどこか、と」
手を離しても問題ない部分。それはすなわち、犯人同士が隣り合っている部分に他ならない。
しかし、もし真結を犯人じゃないと仮定すると、どこも手を離せないことになってしまうのだ。古川と小田切さん(偽)が手をつないでいればそこで離すことが出来るが、その間には志ヶ灘が挟まっている……。
「つまり、この犯行はオカルト研の二人だけじゃ不可能だった、ということなんですよ。そこで、私か奈須西せんぱいか篠田先輩の中に、共犯者がいるという話になってきます。このうち、私は当然違うし、奈須西せんぱいはトロいからこういう計画には不向きです。とすると、篠田先輩が共犯だったとしか考えられないんですよ」
「待て。俺を犯人から除外した理由がおかしい」
「考えてみれば、オカルト研に相談しに行こうと言い出したのも篠田先輩でしたね。その時点で、何かおかしいと気付くべきだったのかも知れません。
ともかく、手を離したのは偽の小田切先輩と、篠田先輩が手をつないでいる部分です。それ以外の場所は、私か奈須西せんぱいが間に入っていますから、離すことは出来ませんね」
「まぁ、そこで手を離したってのは分かったけどさ」と俺。「手を離したら、俺か志ヶ灘にばれちゃうんじゃないかな。俺たち全員で輪になってたわけだし」
「じゃあ、せんぱいは気付きましたか?」
「いや、それは……」
俺はあの時のことを思い出した。確か、机が鳴ったときは、真っ暗で何も見えなかった……。
まさか、という顔を俺がしたんだろう。志ヶ灘は大きく頷いた。
「あの教室にろうそくがあったのは、私たちに暗闇に目を慣れさせないためですよ。特に、全員で囲んでいた机の上にろうそくがあったことで、私たちの目はすっかり明かりに慣れていました。しかし、さっき説明したように、そのろうそくは消えてしまったんです」
あの瞬間、教室がいきなり暗闇に包まれた。ろうそくの火を見つめていた俺の目は、暗闇では何も映すことはなかった。真結と小田切さん(偽)が手を離している、その瞬間さえも、だ。
「さて、四つ目に行きましょうか。赤い手形の謎です。
あれについては、仕掛ける方法には謎がありません。私たちが教室に来る前から、窓ガラスに絵の具か何かで細工しておけばいいだけの話です。問題は、何故やったか。あの赤い手形は、他の怪奇現象と比べて、不自然に安っぽかった……。
証拠がないので想像になるんですけど、あれは篠田先輩が提案したものだったんじゃないですか? 計画の共犯となる見返りとして、自分にも何かやらせて欲しい、みたいな感じで。オカルトに精通しているはずの人間が、あんな嘘っぽい怪奇現象を演出したりはしないはずですから」
どうですか? と志ヶ灘は真結を見やる。「正解でぇす……」と真結は叱られた子どものように小さく頷いた。
「だって、ああいう分かりやすいのがあった方が、怖いって思うじゃん。きょうくんだって、あれが一番怖かったでしょ?」
「さて、どうだろう」
なんて言ったら真結が目を潤ませ始めてしまった。俺は仕方なく「いや、あれが一番怖かったなぁ」と嘘をついておくことにした。




