プロローグに代えて――手を伸ばす夜――
プロローグに代えて――手を伸ばす夜――
初夏の夜は、なかなか眠れない。身体は重たいのに、妙に目が冴えてしまっている。布団の上で寝返りを打つと、ベッドがきしきしと小さな悲鳴を上げた。
暗闇の中、私の頭ではさっきから同じ事ばかりが、ぐるぐると渦を巻いている。
大丈夫かな、大丈夫かな、とか。そんな風にちくちく悩んでいる自分に、ちょっと自己嫌悪を覚える。ついたため息が、部屋の暗闇にぽろっと零れ落ちた。
結局、眠れなくてベッドから這い出した。
窓辺に歩み寄り、レースのカーテンを開ける。ガラス窓を引くと、生温い夜風が吹き込んできて、肩と髪の隙間を通り抜けていった。
都会じゃないこの街の夜は、とても静かだ。
幾多の家々が息を潜めるようにして、夜の帳に沈んでいる。駅前の方でこそ、夜も華やかなネオンサインが灯っているけれど、駅から離れたこの場所では、その喧噪が運ばれてくることもない。あるのは木々のざわめきと、朧気な月明かりと、星の瞬きだけ。
大気がわりと澄んでいるからか、この街からは星がよく見える。
デネブと、ベガと、アルタイル。
別に星座に詳しいわけじゃないけれど、初夏の夜空に輝くその大三角くらいなら、私にだって見付けられる。天に散らばる星々には、手を伸ばせば届きそうだった。
窓から身を乗り出し、本当に手を伸ばしてみる。
もちろん、届くわけなんてないと分かっているけれど。それでも私はたまに、無性に手を伸ばしたくなる。掴めない星を、掴んでみようと思う。
少しだけ、背伸びして。
いつか届けと願いながら。