最高の終幕
外から大勢の声が聞こえる。
常ならばそれはこの城と、その主を讃える民衆の声であるのだが、現在においては間違いなく敵兵の勝ち鬨だろう。
敵軍に首都まで攻め込まれ、城はすでに陥落しかけている。残すはこの王の寝室くらいだ。今まさに階段を駆け上がっているだろう者達がこの部屋と、その中央に静かに立つ部屋の主である国王を手にすれば、この戦争は終わるのだ。
敗戦という終幕で。
「そろそろ来るな」
美しい顔は穏やかで、その心地よい低い声は自身に確認するように呟いた。目の前の主―国王陛下は、私を見て困ったように眉を下げた。
「何をそんなに怒ってる」
「怒ってなどおりません」
「怒ってるじゃないか。いや、不満なのか?我が右腕は」
「‥‥‥貴方が、敗れるなど似合わない」
宰相が裏切った事や
騎士団が敵前逃亡した事や
大臣や貴族達の王への責任のなすりつけも
全ては前王までの代々の王が作り上げたもの。
この賢く強い、美貌の主に王位が譲られたのはほんの二日前。そして戴冠式から四時間後には首都を守る要塞が攻撃を受けた。
要は全てを丸投げしたのだ、前王とその臣下達は。そして自分達は敵が来たら一番に逃げ出した。
「貴方が王となるのは我が望みでもありました。しかしそれはこんな状況ではない、その手腕を存分に発揮できる時間と環境が整っているはずだったのです」
私や、国を想う同志達と、貴方が揺らがぬための地盤を整えていた矢先の王位継承。
主は統治者としてなんの不足もなかった。幼少より仕えていた私は、この方の有り余る才に魅力され、心酔した。
どこまでも見通す広い視野も、好奇心旺盛なのに用心深いところも、知識に貪欲なところも、社交における駆け引きのしたたかさも、
この方こそ、全てを手にすべき人だと。
「‥‥貴方には、光輝くものだけを手に入れて欲しかった」
少しだけ声が震えた。あぁ、なんと傲慢な押し付けがましい理想だろう。けれど私にとってその存在は、完璧な輝きと形を持つ奇跡だったのだ。
「‥お前は昔からそうだな。やたらと俺を飾りたがる」
呆れたような顔で、けれど瞳は笑いながらため息をはく王。
扉の向こうからは甲冑のこすれあう足音が聞こえる。
「なぁ、捕まったらどうなる」
「王である以上、死刑でしょう‥‥貴方の死さえも汚されるのは大変不本意ですが」
「そうか、じゃあ最くらいお前のお願い聞いてやろうかな」
「‥‥はい?」
扉が激しく揺れる。木製の大きな扉はミシミシと音を立てていた。
「一度しか言わない。ここから先、俺に付き合え‥‥すべて終わらせる」
「っ!!」
いつだって見上げるしかできない存在
此方からの一方的な執着で終わると思っていた忠誠心
けれど、私の奇跡は手を差し出してくれた
ついて来いと、側に立つ事を許してくれた
それなら
「っ元より、そのつもりで御座いましたっ」
「そうか。ならドンと煌びやかにやってやる。お前好きだろ?そうゆうの」
王が悪戯っぽい笑顔でそう言ったのと同時に、扉が壊された。
「動くな!抵抗すれば容赦しない!」
「なんだ、将軍が直々に出てきていたとはな。だが、残念だ。お前はツイてない」
フイっと此方を向いた王と私は目があった。するとニッコリ笑って声無く口を開いた
―――じゃあ、行くか―――
パチンッと王が指を鳴らすと、
世界が揺れた。