窮 屈 な こ の 国 。
窮屈だ。
この国ほど窮屈な国はない。
心の小さな人間ばかりが集まって 傷をなめあっている。
しかし、そんなこといったって僕もその国民の一人だ――。
*
僕はとりあえずこの国を出たいという思いで生きてきた。
いつからだろう、中学で奇抜な考えばかりしていたのを、変人扱いされてからだろうか。
二十歳になった今でも思っている。
だが事実、一度も海外へ行ったことはなかった。
その日は、桜が咲いていた。
しかし僕はこの国を出ることだけを考えて歩いていた。
上なんか見るはずもない。
そんなとき彼女にぶつかった。
ドン
「わわっ」
ハッとなった。
僕はどこを歩いているかもわからないほど考えていたのだ。
「す、スイマセン...」
彼女がよろけてこけそうだったので、あわてて腕をつかんで姿勢を整えさせた。
「あ、ありがとうございます」
見たこともない子だった。
あたりまえだ。大学なんか何百人の生徒がいるのだ。
全員の顔と名前を覚えるくらいなら英単語を一つ覚える。
――僕はそういう人間だったから。所詮この国の人間たちと同じ、小さい人間だ。
「さ、桜が綺麗ですねぇっ」
彼女はやけに無邪気で、そして楽しそうな声で言った。
「え?」
「桜です。ほら、上!」
反射的に上を見る。
まるで流星群のごとく、
降り注ぐ雨のごとく
桜は僕の上空を踊っていた。
「あぁ…。」
彼女は僕より20cmくらい小さいから一生懸命に上を見ている。
「わ、私が上を見ていたからぶつかってしまって…」
それはちがう、僕が変な……とてもくだらないことを考えていたから…。
「でも、下を向いて歩いていたでしょう?上を見たらこんなに綺麗なものがあるって気付かなかったですよね、じゃぁぶつかったのにも意味があったかなぁ。」
「ええ…僕はとてもくだらないことを考えていたのか、と思いました。 この桜を見たらもう僕らの考えなんてちっぽけで…」
すると彼女は一瞬驚いた顔をして、次はしっかりうなずいて言った。
「この景色、見せられて良かったです。」
「ええ、僕も見せてもらってとてもよかったです。」
それから僕らは少しだけ話をした。
僕はこの国について彼女に話した。
すると彼女はふふっと笑って言った。
「でも、この景色。ここの国じゃなきゃ見れません。桜は、この国にしかありませんから。」
「そう…ですね…。」
「私が、あなたと出逢えたのもこの桜の木があったからです」
「…はい」
僕はすっかり彼女のトリコだった。
もう、この窮屈な国についてなんて悩むのももったいないと思った。
この国にも、いいところがあるじゃないか。
そう、君と同じ名前の「桜」が見れるのはこの国だけなんだから―――。