何が「病気で行けない」ですか?〜仮病で幼馴染ばかり優先するクズ婚約者は、こちらから願い下げですわ〜
ある秋の日、カラスの鳴き声が響き渡る夕方。
レティシア・ローゼンベルグ辺境伯令嬢は、自室のソファに座り、ため息をつきながら執事の報告を聞いていた。
「お嬢様。確かに確認しましたが、昼間貴族街でショッピングをしてたのは婚約者のジュリアン・モンテフォール侯爵令息様でした」
「やはり、『病気で行けない』というのは嘘だったのね」
「はい、一緒にいたのは彼の幼馴染と仰られているルシア・アルベルト男爵令嬢様でした。馬車の家紋まで確認したので、間違いないかと」
扇子をパチンと閉じると、レティシアは目を瞑った。
そして、乾いた笑いを浮かべながら語り出した。
「君だけを愛すると仰っていたのに、3ヶ月後にはこの仕打ちですか」
「お嬢様……」
レティシアは貴族令嬢だ。側室にも理解がある。
しかし、今回の行動をレティシアが許すことはない。
今日レティシアはお茶会を開いていた。もちろん婚約者であるジュリアンも招待してだ。
しかし、ジュリアンは体調不良を理由に、欠席の連絡をしていた。
けれど、真実は別の女とデートのための欠席だった。
ジュリアンが、レティシアを、いやローゼンベルグ辺境伯家を軽んじているのは明白だった。
「一度なら目を瞑りましょう。二度なら必死に謝れば許しましょう。しかし三度目はもう我慢なりません」
レティシアは扇子を開き、そして閉じた。そして空いている手の拳をぎゅっと握りしめると、そっと一つの計画を進めることを決意した。
♦︎
それから半年が経った。
王立貴族学院。その年度末パーティーが開かれている王宮のパーティー会場。
「レティシア・ローゼンベルグ辺境伯令嬢、貴様との婚約はこの時を持って破棄させてもらう!」
ジュリアン・モンテフォール侯爵令息の声が、レティシアを断罪しようとする声が、会場に響き渡った。
「皆さん、レティシア令嬢は恥ずべき女です。沢山の罪を犯しています。それを断罪させていただきます」
レティシアを断罪すると言う侯爵令息からの突然の宣言。
ざわめくパーティーの参加者たち。
レティシアはそれを横目に、扇子でニヤリとした表情が見えないように口元を隠した。
「あら、何のことでしょうか、ジュリアン様。私は罪など犯していませんが」
「この女狐が!散々、ルシアに嫌がらせをしたことはわかっているんだぞ!」
そう言ってジュリアンはルシア・アルベルト男爵令嬢の肩を抱いた。ルシア男爵令嬢が怯えたような表情で、ジュリアンに縋り付く。
「そうですわ、レティシア様。今謝れば許します。罪にならないように、法務局にも掛け合いますわ!」
レティシアはそれを聞いて、思わず肩を振るわせ笑い声をこぼしてしまった。
「何がおかしい!」
真っ赤な顔をして怒るジュリアンと、目を細めてこちらを睨みつけるルシアを見て、おかしさからレティシアはさらに笑ってしまう。
そうして、しばらく扇子で顔を隠し、肩を振るわせると、レティシアは言った。
「すみません、続けてください」
「では、言おう!この女狐は、私の大切な幼馴染のルシアの教科書を破り勉学の妨げをした。さらに、ルシアのドレスをボロボロにして、夜会に出ることを妨害した。さらに極め付けは、ルシアの実家の商会に圧力をかけ、破産させたことだ!!」
周囲のざわめきが大きくなる。もしそれが真実なら、貴族令嬢としても度を超えているからだ。
確かに犯罪になるかもしれない。そうなったら醜聞だ。
注目が一気にレティシアに集まる。
「さあ、なんとかいったらどうなんだ!こっちには証人がいるんだぞ!」
「では、その証人を出してくださいまし」
堂々とレティシアは答える。
それを聞いて、おずおずと、一人の子爵令嬢が出てくる。青白い顔をしている。
「さあ、証言してくれ。まずはルシアの教科書を破ったのが誰なのか」
俯き、子爵令嬢は何も答えない。
「怯えることはない。僕は侯爵令息だ。何があっても、君を守ると誓おう」
子爵令嬢は怯えた表情で、レティシアを見つめた後、そっと呟くようにいった。
「ルシア様に証言するように言われました。見てもいない教科書を破った犯人が、レティシア様であると言えと」
計画通り。
レティシアはそっと扇子の下でニヤリとした。
波が引くようにざわめきが消え、沈黙が場を支配した。
「な、何をいっているんだ!」
「静かに。あなたの用意した証人です。その証人が言いました。偽証を頼まれたと。これはどう言うことですか?」
慌てるジュリアンを横目に、レティシアは、はっきりとゆっくりと言葉を選びながら言った。
「こ、これは何かの間違いだ。違うんだ」
「何も違いませんわ。でもそれは一旦置いておきましょう。次の話題にいきましょうか。私がドレスを破った、でしたっけ?」
ジュリアンはハッとしたように目を大きく開いた。そして、その目を細めると続けた。
「そうだ。これは証人が別にいる。それも、お前本人がドレスを破ったと言う証人が!」
「はい、私は見ました。確かにレティシア様がルシア様のドレスを破るのを見ましたわ。」
別の男爵令嬢が出てきて、レティシアを敵意たっぷりの視線で見つめる。
レティシアはおかしくて笑いが漏れそうだった。
「なるほど。ルシア様。あなたはそのドレスを着て、第三王子であるエドワード様主催の夜会に、ジュリアン様の連れとして出ようとしていたのですね?」
「そうですわ。私はジュリアン様に誘われていました。しかし、あなたはその夜会に出ないように、私のことを脅迫してきましたわ」
くるっとレティシアは、第三王子であるエドワード様の方を向き、聞いた。
「エドワード殿下、これは罪になりますか?」
「いや、ならないな。許容範囲内だ」
「なっ!」
ルシアとジュリアンが驚く顔が見える。
「なぜです! 殿下!」
「その夜会、基本的に招待者のみだったはずだ。ルシア嬢は招待客ではない」
「付き添いは認められるはずです!ルシアは付き添いとして連れて行くつもりでした!」
ジュリアンが食い下がる。
「殿下は、私レティシアにも招待を出していましたわ。ジュリアン様、あなたは招待されている婚約者を差し置いて、誰を付き添いにするつもりだったのです?」
正式に招待されている婚約者がいるのに、他の女性を付き添いに選ぶなど、婚約者を軽んじていると表で言ってしまう馬鹿と貴族社会で思われてもしょうがないことだった。
レティシアからの指摘に、ジュリアンが黙る。
「まさか貴殿は婚約者だと言うのに、意思疎通さえしていなかったのか? それでは軽んじていると思われてもしょうがないな」
エドワードはため息をついた。
「殿下、しかしレティシア様はそれだけでなく、私ルシアの実家の商会にまで圧力をかけてきました! 値上げをのめなければ、取引を打ち切ると! これは立派な犯罪ではないのですか?」
エドワードはさらにため息をついた。本当にアホだと思っていたが、ここまでアホだと思わなかった。
「それの何が罪なのだ?」
「え?」
「だから、商売の条件を変更して、商取引を打ち切ることの何が罪なのだ?」
ルシアは口をパクパクと開けては閉じてを繰り返した。
「で、殿下。それでは正義が成り立ちません!」
「民に不当に圧力をかけていたなら何かしら対処を考えるが、商会同士のやり取りだ。しかも調べによれば、民に圧力をかけていたのは男爵家の商会の方と聞いている。それで何の正義が成り立たぬと言うのだ?」
それを聞いてルシアは黙り込んだ。
それを見て、満足そうにレティシアは目を細めた。
「ジュリアン様」
「なんだ、レティシア」
「あなたのような殿方と婚約破棄できて嬉しく思いますわ。殿下も聞いていますし、他の方もたくさんの方が証人になってくださっています。謹んで、婚約破棄、お受けしますわ」
馬鹿にされたことに気がついたのだろう、額に血管を浮かべ、ジュリアンがルシアを優しく引きはがすと、拳を握りしめてツカツカとレティシアの方に歩み寄る。
「好き放題言わせておけば、この女狐が!」
そう言ってレティシアに殴りかかってきた。
上から下に振り下ろされる拳。辺境伯家で鍛えた身からすると、全くもって遅い。
右足をスッと引き、ジュリアンのパンチを躱わすと、その勢いでためを作り、レティシアは拳をジュリアンの顔面に叩き込んだ。
吹っ飛んでいくジュリアン。
目を丸くしてみる観客たち。
あ〜スッキリした。レティシアはニッコリと満足していた。
♦︎
その後パーティーはすぐに解散となった。
ジュリアンは王宮で殴りかかったとして、連れて行かれた。またルシアも偽証を頼んだということで、同様に衛兵に連れて行かれた。
レティシアも衛兵から事情聴取を受けたが、ジュリアンから殴ったことが他の観客たちから証言が取れたので、すぐに正当防衛ということになった。
取り調べが終わり、帰ろうと廊下をトボトボと歩いている時のことだった。
「レティシア嬢、お待ちください」
レティシアを呼び止める声があった。レティシアが振り向くと、そこにはエドワード殿下がいた。
「あら殿下、ごきげんよう」
「いつからだ?」
レティシアは可愛らしく首をこてんとする。
「そういう演技はもういい。あれだけ見事な右ストレートを入れておいて、かわい子ぶるのは無理があるだろう」
「あら殿下、レディに向かってその言葉はひどいですわ」
レティシアは無表情で、エドワードを睨みつける。
「……すまない。デリカシーがなかったようだ。」
「大丈夫ですわ」
レティシアはにっこりと笑った。
それを見て、エドワードも安堵する。
「それで、いつからなんだ?」
「半年前から、ですわね」
エドワードはそれを聞いてため息をつく。
「君が頼み事をしにきた時は驚いたよ。辺境伯家の特産物を物納する代わりに、慣例で普通は婚約者がいる場合は片方だけしか招待しないパーティーに、両方とも招待してくれって、何を言っているのか理解できなかったからね。リターンに合っていないと感じた」
「今日納得できてよかったじゃないですか」
エドワードが苦笑いをする。
「子爵令嬢の偽証も君が手を回したんだろう?」
「はい、少々契約魔法を使わせていただきました。ただ、証言内容は本当ですわよ。もし偽証を頼まれた場合、それを一旦受け入れ、その証言の場で偽証を頼まれたことを言うと、契約させていただきました。」
「それも商会絡みか?」
「はい、そうです。彼女の実家に圧力をかければ、話し合いの場を持つのは簡単でしたわ。そして交渉させていただくことも」
「そうか。それで、これから、どうするつもりだ?」
レティシアは扇子を開き、目を伏せたまま笑った。
「どうしましょうかね。商会でも始めようかなと思っておりますの。私が婚約者を見つけることは今日のことが知られたら難しいでしょうし」
それは現実逃避だった。レティシアは実は必死に涙を堪えていた。婚約破棄させるために、布石を打ってきたとはいえ、好きだった人に本当に婚約破棄されたことは、一人の乙女としてショックだったのだ。
「レティシア……」
目の前を見ると、エドワードが跪いていた。
「殿下?」
「こんなタイミングで言うのもあれなんだが、婚約してほしい。君のように知性で道を切り拓いていく女性を探していたんだ。今日確信した。私には君が必要だと」
そう言って、エドワードはレティシアの手を取り、キスをした。
「ほえ?」
レティシアはたちまち真っ赤になった。まさか求婚されるとは思ってもなかったのだ。
「君の全てが知りたいし、一緒に生きていきたい」
「へ、え、あの。ちょっとすみません。急すぎて頭が追いついておらず……」
レティシアは顔を扇子で隠すとぶつぶつ呟いた。
「何言っているのよ、どういうことなの、落ち着けレティシア」
「それで返事は?」
「……家のことに関わるので、また後日お返事させていただいても良いでしょうか?」
エドワードは唇を尖らせたが、しょうがないと納得した。
「では、他のものに先を越されないように、また後日伺う。待っててくれ」
「……はい、承知しました」
「では、引き止めて悪かったな」
そういうとエドワードは赤くなった顔が見えないように、くるりと振り向き歩いて行った。
「なんだったの……」
レティシアは熱った顔に気がつかないふりをして、帰っていった。
その足取りが先ほどまでと違い、軽くなっていたのに、レティシアは気が付かなかった。
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