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淑女の鑑は婚活中〜理想の大悪党を探しつつ、ついでにクズは処理致します〜

作者: とんこつ
掲載日:2026/03/26

ちょっと行き詰まっているのでガラっと違う流行りもの?を書いてみました。



 「カツアゲまがいの小銭稼ぎとか、その辺のチンピラよりセコくてマジでウケるんだけど。ツラがいいだけのスッカラカン野郎が。テメェの汚い手で巻き上げたゼニ、トイチで利子つけて骨の髄までしゃぶり尽くしてやっからな。あ、逃げ道なんかあると思うなよ?」


 静まり返った図書館に、場違いなほど流暢な暴言が響いた。


 沈黙。


 「……は?」


 セルヴェ・デュムラー伯爵子息が、間の抜けた声を漏らす。

 ロサナ・ナゴーレ伯爵令嬢も、ぽかんと口を開けたまま固まっている。


 (あ、やっべ。完全に声に出てたわ)


 でもまあ、いいでしょう。

 片方とはもう会うこともないでしょうし。

 私はゆっくりと扇を広げ、にこりと微笑んだ。


 「どうかなさいました?」


 ――完璧な淑女の声で。



 ◇ ◇ ◇



 少し前。


 図書館の奥、人目を避けた閲覧席。


 「――君との婚約は破棄する」


 埃の舞う静寂を破る、よく通る声。

 セルヴェは読んでいた本を閉じ、まるで劇の主役のように用意していた台詞をなぞる。


 「理由は分かるだろう?」


 ロサナは血の気を失った顔で、小さく首を振る。


 「……わかりません。私、何かセルヴェ様を怒らせるようなことを……」

 「君は努力しているのだろうが、残念ながら我が伯爵家には全く足りていないのだよ」


 淡々とした声に、情は一切乗っていない。


 「そして俺は――この容姿、この家格、この実績を持つ人間だ。次期当主として領地の収益も上げている。社交界での評価も高い」


 (はいはい出ましたわね。平民から巻き上げた金で作った見せかけの黒字のくせに、よく言うわ)


 本棚の陰から見ていた私は、扇で口元を隠しながら内心で呆れる。


 「そんな俺の隣に立つには、君という存在はあまりにも釣り合わない」

 「……っ」


 ロサナの指先が、ドレスの裾をぎゅっと握りしめる。瞳には大粒の涙が浮かんでいた。


 「……それでも、私は――貴方をお支えするために、ずっと領地経営の勉強を……!」

 「言い訳は見苦しい。これ以上、俺の輝かしい未来の足を引っ張らないでくれ」


 セルヴェはそんなロサナの姿を見て、幻滅したかのように冷たく切り捨てる。


 「君のような平凡で役に立たない女は、最初から選択ミスだったということだ。ああ、ついでに君に贈ったドレスや宝石類も、実家を通してすべて返却してもらうからな。釣り合わない女にくれてやる金はない」


 ロサナの顔から、サァ、と血の気が引いていく。


 (あーあ)


 私は音を立てずにため息をつく。


 (典型的な踏み台系クズ男。別れ際にプレゼント返せとか、セコすぎて笑えるわね。せっかくこの私が『未来の旦那様候補』かと思って観察してやったのに。蓋を開ければ、ただの小銭泥棒じゃないのよ)


 見てくれは整っており、そこそこ稼いでいたのでチェックしていたものの、あまりの小物っぷりに私は小さく首を振った。


 (はい、対象外)


 私は静かに本棚から歩み出た。


 ――その直後。


 あの暴言が飛び出したのである。



 ◇ ◇ ◇



 人気のない図書館で行われようとしていた婚約破棄の現場に現れたのは――


 ジルベルタ・ペデルセン公爵令嬢。


 学園では“淑女の中の淑女”と称される、非の打ち所のない存在である。

 礼儀、教養、品位、そのすべてを完璧に備え、誰に対しても穏やかに接するその姿は、まさに理想の令嬢そのもの。

 彼女の振る舞いは常に手本とされ、同年代の令嬢たちが目指す頂点でもあった。


 ――だからこそ。


 その口から先ほどの言葉が飛び出した瞬間、図書館にいた二人の思考は完全に停止したのである。

 私は柔らかく首を傾げる。


 「日々の生活に必死な領民たちから、不当に金銭を搾取していた記録のことですわ。貴方様のその美しいお顔の裏で、どれほどの方々が涙を流してきたことか……本当に、哀れな方」


 セルヴェの顔が、わずかに引きつる。


 「……ジルベルタ、嬢……? 何の冗談だ……?」


 (あらあら、なんて間抜けな面)


 「もしかして、私の言葉が理解できておられませんの?」


 私は首を傾げたまま、一歩、距離を詰める。


 「立場の弱い平民の方々を脅迫し、弄んだという数々の証言……貴族としての誇りも慈愛も持たぬ方が、献身的な婚約者によくもまあご立派な口を叩けたものですわね」

 「な、何を――証拠もないくせに!」

 「横領、詐欺、書類改ざん、証人の買収。証拠ならすべて、お父様を通じて騎士団へ提出済みですわ」


 にこり。


 「今頃、貴方のお屋敷は大変なことになっているでしょうね」

 「……っ!?」

 「やっていることは一人前のつもりでも、規模は三流以下……なんとも中途半端ですわね」


 ロサナが後ずさる。


 「……え……なに、そんな犯罪やっておいて、人のこと役立たずとか、贈り物を返せとか……キモ……」

 「ロサナ! 違う!」

 「近寄らないで!」


 先程とは立場が逆転しているわ――実に、滑稽だこと。


 「で?」


 さらに一歩。


 「そんな子供騙しの悪さでのしあがるつもりだったの?どうせなら国家転覆でも、軍を煽動してのクーデターでも起こすくらいの野望を持ちなさいな。その程度の小賢しさでは詐欺集団の親玉程度がお似合いですわよ」


 セルヴェの端正だった顔が、どす黒い怒りと屈辱でぐちゃぐちゃに崩れる。

 ギリッと歯軋りし、拳がワナワナと震え始めた。


 「寄生虫で性犯罪者でカツアゲ野郎? はい役満、お疲れっしたー! 牢屋で反省? ハッ、そんなマトモな頭脳ミソが詰まってんなら最初からこんな真似しねぇっての、この産業廃棄物が! あー最高、ここまで見事に自爆するとかマジでエンタメだわ!!……あらいやだ、また声に出ちゃったわ」


 「貴様ァッ!!」


 私の愉悦を含んだ罵倒を受け、完全に理性が吹き飛んだセルヴェの拳が振り上がる。


 (はい終了)


 「きゃあああああああああああっ!!」


 静寂の図書館に、か弱い淑女の悲鳴が木霊した。


 「誰かっ! デュムラー伯爵子息がっ!」


凄まじい悲鳴に驚き、奥から司書や警備員、他の学生たちが一斉に駆けつけてきた。

 振り上げた拳を下ろすこともできず、大勢の冷ややかな視線に晒されたセルヴェの顔が、決定的な絶望に染まる。

 「セルヴェ様、ジルベルタ様に何という真似を!」

 「騎士団を呼べ! 早く!」

 駆けつけた衛兵たちによって、喚き散らす男が無様に引きずられていく。

 私は怯えた完璧な被害者としてハンカチで目元を押さえながら――青ざめるロサナの耳元で、そっと囁いた。

 

 「今のことは内緒ですわよ」


 ロサナは一瞬ビクリと震えたが、ハンカチで覆われた目をイタズラっぽくウインクした私を見て安心したようで、コクリ、と笑顔で頷いた。




 ◇ ◇ ◇




 数日後。


 デュムラー伯爵子息の悪事は王都中に広まり、彼は完全に破滅した。


 (あーあ……また小物のクズだったわね)


 私は懐から手帳を取り出す。


 候補者リスト。

 セルヴェ・デュムラー。


 ――×。


 (はい失格……っと)


 ページをめくる。


 (次は……どなたを調べましょうか)


 「――うふふ」


 小さく笑う。

 その様子を、周囲の令嬢たちがうっとりと見つめていた。


 「なんて気丈でお優しいのかしら……」

 「本当に、淑女の鑑ですわね」

 「ジルベルタ様、あの気の毒なロサナ様へ新たなご縁をご用意されたそうよ」

 「まあ素敵!ジルベルタ様からのご紹介ならきっと素敵な殿方ね」


 きゃあきゃあとジルベルタを誉めそやし、尊敬の眼差しで見つめる令嬢たち。


 そのジルベルタの心の中は――


 (私の隣に立つに相応しい、“極上の大悪党”様はどこにいるのかしら)


 手帳を、ぱたりと閉じる。


 (あの程度の三下じゃ話にならないわ……国の一つや二つ、平気で灰にできるくらいの知略と狂気。王族すら手玉に取る圧倒的なカリスマ。そして何より、私というバケモノを前にして一歩も引かない度胸を持った男じゃないと)


 くすり、と小さく笑う。


 (――そのくらいの方でないと、私の愛を受け止めることなどできないわ)



――幼い頃、私は一冊の物語に恋をした。



 王都でも人気だった、正義の騎士が悪を打ち倒す勧善懲悪の英雄譚。

 読み終えた大人たちは口を揃えて言った。


 「正義は素晴らしいわね」

 「騎士様のような殿方こそ理想ですわ」


 でも、幼い私は首を傾げた。


 (どうして?)


 私の目を奪ったのは、騎士ではなかった。

 国を欺き、人心を操り、あと一歩で玉座にまで手をかけた大悪党。

 その知略、その大胆さ、その図太さ。


 (だって、どう考えてもあちらの方が格好良かったのだもの)


 最後に敗れたのが不思議なくらい、鮮やかで、華やかで、圧倒的で。

 あの日からずっと、私の憧れは変わらない。


 正義の味方ではなく――世界を本気でひっくり返せるほどの本物の悪党。

 私が探しているのは、そういう男だけだ。


 今日もまた、“淑女の中の淑女”は完璧な微笑みを振りまきながら。

 『未来の旦那様ターゲット候補リスト』を脳内でめくりつつ、本人は至って一途な、血塗られた最悪の婚活を続けている。




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