聖女のヴィータ
その日は祭だった。六十年に一度の大祭。
人々は大通りに集まり、パレードを見ようとする。
「見て!あれが新しい聖女さまよ!」
「美しいわね」
花びらが舞う中で、ひときわ輝くその姿。
「たしか貴族のお嬢さんよね」
「エレーナといったかな」
エレーナ・ド・ローデン。この国の公爵の娘で、新しい聖女だった。
その姿は美しく、気品に溢れ、まさに物語の聖女そのもの。
(私が聖女に選ばれた!ヒロインであるリュシーでなく…、悪役令嬢である私が!私は…運命に勝ったのね!)
そして、エレーナは記憶を遡るー…。
思い出したのは12歳の時。聖女選定の直前の、今から四年前の事だ。
私はここが前世ゲーム実況で見た、とある乙女ゲームの世界だと気付いた。そのゲームに出てくる悪役令嬢、エレーナに転生してしまったことにもー。落ち着いていたのは前世読んでいた、悪役令嬢ものの転生小説のおかげかもしれない。創作物の中に転生するという内容のその話と、同じ状況になるとは思わなかったけど。
それからずっと頑張ってきた。聖女に選ばれるために。自分の運命を覆すために。勝者となるために。
エレーナの胸は高揚感でいっぱいだった。だって、前世では負けてばかりだった。自分より若い女、愛嬌のある女、顔だけの女にばかり目が向いていたが、だがどうだ。それらを手に入れた後のエレーナは聖女になった。やはり前世は不平等で、今の自分こそが正当な評価なのだ、とエレーナは思った。
パレードが終わり、控え室で休んでいても、その高揚感はなかなか抜けなかった。そこに、ドアをノックする音がした。
「入っていいかい、エレーナ」
声であの人達だと分かったからエレーナは歓迎した。
「お疲れ、エレーナ」
来たのは三人の見目麗しい殿方たちー、ゲームの攻略対象たちだ。
「ディル!トマス!ノア!来てくれたのね!」
「当然だよ、僕らは君のー聖女の付き人だからね」
それぞれ系統の違う美形。やはりその辺りは流石乙女ゲームと言うべきか。
…彼らは乙女ゲームのキャラらしく、心に傷があった。それに向き合い、癒したのはエレーナだ。リュシーではなく。すると、彼らはエレーナに夢中となった。並行して慈善事業などにも手を出していたらゲーム通り聖女候補にも選ばれた。全てはエレーナの努力だ。
会話に花を咲かせていると、エレーナがふと表情を濁らせる。
「リュシーは祭に来なかった…?」
そう言うと、三人が露骨に嫌そうな顔をした。
「やめてよ、あの子の話は…」
「聖女候補も祭に参加するのは義務なのに、まさか休むとはな」
「エレーナが選ばれたのがよほど悔しかったのかなー?」
「ですが、恩のあるエレーナが選ばれたというのに、この態度は酷すぎますよ」
「ああ、そうだな…」
三人とも表情を歪ませる。
「エレーナは孤児であるあの女に儀式の手順を教えてやったことがあったな」
「ドレスも貸してあげた」
「保護下にいれようともした」
「だが全部袖にしたり、失敗したり…。恩知らずだった。やはり聖女にはふさわしくなかった。ふさわしいのはエレーナだ。」
「ディル…」
王族であるディルの、美しい顔が怒りに歪むのを見て思わず見とれてしまった。すると、またドアのノック音がした。
「エレーナ様、ご家族の方がお見えでございます」
「通して」
ドアの向こうから、立派な紳士と夫人が入ってきた、エレーナの両親だ。
「エレーナ、立派だったぞ!」
「ええエレーナ、私は誇らしいわ、我が子がこんなに立派に…。きっと我が一族の名声も高まることでしょう」
「エレーナのヴィータは美しいから必ず選ばれると思っていたんだ、私は」
ヴィータとはこの世界で言う魔力のことだ。古い言葉で他にも意味があるけど、代表的には魔力のことである。
ー聖女がヴィータを捧げる事で、世界は救われましたー…。
そんな神話もある。子供の頃から聞かされているから、この国では常識だ。
「祭の本番が楽しみだなあ」
「皆様」
そこで神殿の女神官のひとりが声を掛けてきた。
「そろそろ祭の準備を行いたいので…」
「ああ、すまないな」
「立派に勤めるのよ、エレーナ」
「ええ、当然ですわ」
皆が去った後、女神官が薬湯を持ってきた。
「緊張しているでしょう。これを飲んで気を緩めてください」
「ああ、そうね…」
薬湯は甘い味がした。
そして、意識が暗転した。
「えーっ乙女ゲームなんて実況するのお、りりるってば…」
りりるは×××の好きなゲーム実況者だ。×××は乙女ゲームにいい印象がなかった。乙女ゲームを舞台にした小説では悪役令嬢というストーリーの被害者がつきもので、悪役令嬢はイケメン王子の婚約者だったのにヒロインにイケメン王子を取られて断罪までされるのがお約束。そんな馬鹿馬鹿しいストーリーのものなんて実況してほしくない。最近話題の乙女ゲームらしいが…。
「いや、でもりりるのためだもん、見る…」
そして、×××はその動画を見た。実際の乙女ゲームには婚約破棄なんてなかったことも分かった。だけど最後までは見えなかった。そのゲームは実況禁止で、最後の動画を上げる前に規約違反で消されてしまったのだ。だから×××は、そのゲームが最後どうなるか知らなかった。
意識が浮上する。お香の匂いと人の声で目が覚めた。気付くとー、そこは。
エレーナは自分が祭壇に寝かされているのが分かった。
(え…?)
なぜか声も出せず、体も動かせない。目だけ動かせたのでそれで周りをざっと見ると、神殿の奥の、祭壇の上に寝かされているのが分かった。祭壇の前では大神官が聖句を唱えている。その内容から、エレーナは自分が神に捧げられる供物なのだと悟った。刃物を持った神官が祭壇に近付いてくる。あれで殺されるのだと理解した。
(嫌だ…!なんで…!?どういうこと…?)
だが、エレーナは思い出した。
ヴィータの意味は複数ある。そのうちのひとつはー…。
命 だった。
その意味を理解してすぐ、刃物が迫り、エレーナの首は落とされた。
その視界の隅に、リュシーが見えた気がした。
「リュシー、儀式の手順はこうよ」
「ありがとうございます」
そう、教えてあげた。丁寧に。貴族である私がわざわざ。
「手順がばらばらだぞ、リュシー!何を聞いていたんだ」
…私は悪くないわ、確かに手順をばらばらに教えたけど、聞かなかったのはあの子だもの。
「今度のパーティーではドレスが必要よリュシー、私のドレスを貸して上げる」
「ありがとうございます」
そしてパーティー当日。
「見て!リュシー様のあのドレス!まるで似合わないわ!」
くすくす。くすくす。
リュシーはそのままパーティー会場から逃げ出したわ。
「エレーナ様がせっかくドレスを貸してあげたのに」
「ふふ、彼女には何を貸しても似合わなかったと思うわ。でも体裁は整えないと、神殿の恥だもの。孤児の子にそれ以上求めるのは酷よね」
だんだんリュシーが転生者であるかも、と思えてきたの、ゲームと違うし。だからいったのよ。私の保護下に入りなさいって。
「結構です。」
私が声を掛けてあげたのに、あの恩知らず…!
コロコロ、とエレーナの首が床に転がった。
♢♢♢♢♢♢
「聖女のヴィータは無事捧げられた!我々の世界は再び守られる!」
儀式のあとの宴。神官達もこの日だけは酒を飲むのを許される。
私はその様子を宴の中心から外れた所から見ていた。
「リュシー様、お水いりませんか?」
「いいわ、あなたも宴に戻っていいのよ、少しひとりになりたいの」
「…分かりました」
私に付けられた数少ない巫女を宴に戻す。宴の中心には、攻略対象たちがいた。それぞれ酒を飲んだり、美女を侍らしたりしている。
…そういうゲームだと知っていたので別に驚きはなかった。
私は転生者だ。この乙女ゲーム、聖女のヴィータのヒロイン、リュシーに転生した、ただの日本人。気付いたときには孤児だったから、神殿の世話になると聞いた時は頑張った。神殿を追い出されたら行くところがなかったし、私はどうしてもヒロインになりたかったから。
私は、聖女は生け贄になることを知っていた。これはそういうゲームだったから。
どのルートを選んでもヒロインが生け贄となる乙女ゲーム、というのが売りのインディーズゲームで、カルト的な人気があった。売りはヒロインを生け贄にした後の攻略対象たちの後悔する様子で、三人とも幸せな結末にはならない。ただそれはイベントを最後までこなしたらの話で、最後のイベントを回収できなければその描写は出てこない。私は聖女のヴィータ、にとてもはまっていた。だって、ヒロインが羨ましかったから。
私は前世自分の生に意味が持てなかった、だから、このゲームのヒロインのように、意味のある死を迎えたかったのだ。
だけどその願いは叶わなかった。私が聖女候補に選ばれたときにはもうエレーナが聖女候補の筆頭で、生まれから考えてもエレーナが選ばれるのは確定だった。生け贄だから、私のような孤児や奴隷が選ばれる事が多かったが、エレーナのような貴族のお嬢様が聖女をすると、少しばかり民衆の不満が減ったり、王家や神殿から家に報奨が出たり覚えがめでたくなったりする。だから、貴族のお嬢様は生け贄の事実を伏せられて聖女候補にだけ選ばれて、生け贄には自分のような孤児が選ばれるのが普通だったのだが。…ゲームのエレーナはヒロインの、いわゆるライバルキャラで聖女に選ばれたがっていたけど、その事を知らなかったのだろうな。そして、多分自分と同じ転生者のエレーナも。
…あのエレーナは私を対等な人間として扱わなかった、それを悟ったのは、ドレスを貸してもらった時だ。私は、エレーナの本音を聞いてしまったから。保護下に入れられても、きっと尊厳が削れていくだけだと分かっていたから。
だから逆らったし、だからヴィータの事を教えなかった。気付いていないのが分かったのは、彼女がしきりに自分のヴィータは美しいから聖女に選ばれるはず、と言っていたからだ。命という意味の時にはヴィータに美しいという言葉は不適切だ。
再び宴の中心を見る。攻略対象たちは幸せそうだった。ゲームではヒロインの死にそれぞれ悩んでいたけど、エレーナの時はそうでもないのは、じつはエレーナはそこまで愛されていなかったのかもしれない。
彼らはそれぞれ貴族の生まれだが、聖女の気を引くためだけに選ばれ、神殿に引き取られた子供たちだった。生家とはとっくに縁が切れている。聖女を無事送り出せれば、莫大な報奨と一代限りの爵位が貰える。だから彼らは有力な聖女候補に媚びを売るのが仕事なのだ。そのことはゲームのエピローグを見ないと分からない事実だった。
リュシーは立ち上がった。今日のドレスは自分て選んだ。エレーナのドレスほど高価ではないが、十分職人の手のかかった、リュシーの雰囲気に似合うドレスだっだ。
リュシーはそのまま、宴の中に入っていった。
エレーナはどこにでもいる、普通の女だった。
だけど、エレーナが少しでも、この世界を愛してくれればこの結末は迎えなかったかもしれなかった。
世界は続いていく、聖女を犠牲として。




