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波動爆上げの実践

本を読み終えたエリシアは、胸の奥に静かな熱を感じていた。

――これは、きっと私の人生を変えるための指南書だわ。

ページを閉じ、ぎゅっと抱きしめる。


なんて素敵なのだろう。

今度こそ、私は間違えない。


「まずは、ここに書かれていることを実践して、波動を上げていくのよ」


そう小さく呟き、すぐに行動へ移した。


【波動爆上げ法 七か条】

一、挨拶をする。

二、常に笑顔でいる。

三、感謝の言葉を伝える。

四、自分にも他者にも、愛ある言葉をかける。

五、自分に危害を加えた人や出来事を冷静に見つめ、責めず、赦す。

六、嫌な気分を長引かせない。紙に書き出して燃やす、または水に流す。

七、「自分は運が良い」と口に出す。


「まずは実践あるのみ、ね」


前世の自分を思い出す。


怠惰で、傲慢で、家族の名誉の陰に隠れて生きていた。

領民の暮らしにも、屋敷で働く人々の苦労にも、目を向けようとしなかった。

――もう、あの私には戻らない。

七か条を心の中で唱えながら、エリシアは調理場へ向かった。


「こんにちは。少しお時間をいただいてもよろしいかしら?」


その声に、調理場が一瞬静まり返る。


“あの”我儘なお嬢様が、何を言い出すのだろう――

使用人たちの間に緊張が走った。


そこへ、長年伯爵家に仕える料理長コレスキが穏やかに声をかける。


「エリシアお嬢様、いかがなさいましたかな? 夕食のご希望でも?」


場を和ませるような口調に、エリシアはほっと微笑んだ。


(私は二十歳までの記憶があるけれど……今は七歳。七歳らしく、自然に)


そして、少し舌足らずな声で言った。


「これ、しゅき……料理長。みなさん、いつもおいしいごはんをつくってくれて、ありがとうございます。かんしゃを、つたえにきました」


一瞬の沈黙。

やがて、コレスキは目を細め、エリシアの目線に合わせて膝を折った。


「わざわざ感謝を伝えに来てくださったのですね。ありがたいことでございます。皆、とても喜んでおりますよ。今夜も腕によりをかけますので、どうぞ楽しみに」


エリシアはぱっと顔を輝かせた。


「ありがとう! エリシア、たのしみにしています」


そして、丁寧に淑女の礼をして調理場を後にする。

その後も、洗濯場へ足を運び、素直に礼を伝えた。

突然の変化に、メイドたちは目を丸くする。

“あの”エリシアが、礼儀正しく、柔らかく、優しい。

小さなざわめきは、静かに屋敷中へ広がっていった。

それからも、感謝の言葉を重ねる日々が続いた。

ある日、エリシアは領地へ散歩に出る。


同行するのは、水の上位精霊が化身した愛犬ルフ、侍女クララ、護衛騎士レオン。

前世では馬車越しにしか見なかった道が、今は宝石のように輝いて見える。


「おはようございます、エリシアお嬢様!」


畑仕事中の農民が声をかける。

エリシアは微笑み、丁寧に頭を下げた。


(七歳らしく……でも、今の私の本当の気持ちを伝えたい)


「おはようございます。今日はとても良いお天気ですね。皆さんのおかげで、この領地はいつも豊かです。ありがとうございます。どうかお身体を大切になさってくださいね」


農民は目を丸くし、やがて破顔した。


「なんと、もったいないお言葉……!」


たわいない会話が続く。


天気のこと。

畑の出来。

子どもの成長。

村祭りの準備。


前世では「どうでもいい」と思っていたことが、今はかけがえのない宝物に思える。

ルフは尻尾を振り、鼻先をすり寄せる。

クララは嬉しそうに微笑み、

レオンは黙って見守りながら胸中で驚いていた。


――本当に、変わられた。七歳とは思えぬ落ち着きだ。


エリシアは気づく。

ただ会話を交わすだけで、人との距離はこんなにも近づくのだと。

ある日、目の弱った農夫が涙を拭いながら言った。


「お嬢様……また、来てくださいますか。声を、聞かせていただけますか」


エリシアはそっと手を握る。


「もちろんです。皆さんの笑顔が、私の喜びですから。また必ず参ります」


その言葉は、前世では決して口にできなかったもの。


“人の声を聞く”

“感謝を伝える”

“自分から歩み寄る”


それだけで、世界はこんなにも温かい。

空を見上げ、エリシアは静かに呟いた。


「……こんなに素敵な毎日があったなんて。前の私、本当に……もったいないことをしていたのね」


ルフが低く「ワン」と鳴き、手をぺろりと舐める。

まるで、

――その道でいい。

そう告げるかのように。


エリシアは小さく頷いた。

大丈夫。私は変わる。

私は、私の人生を生きる。


そう心に誓いながら、今日もまた一歩を踏み出すのだった。

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