家族との再会 ―― フェルン伯爵家の朝
クララに身支度を整えてもらいながら、エリシアは胸の鼓動を押さえきれずにいた。
前世では、家族の顔を最後に見たのは、処刑が決まった日の“冷たい視線”だった。
だが今は違う。
まだ誰も彼女を疑っていない、7歳のフェルン伯爵令嬢としての世界がここにある。
「……落ち着いて、深呼吸……」
廊下を歩くたび、懐かしい香りが鼻をくすぐる。
磨き上げられた白い大理石。
壁にかけられた祖先たちの肖像画。
そして――遠くから聞こえる人々の笑い声。
フェルン伯爵領。
王国でも有数の豊かな大地を持つ肥沃の領地で、小麦・果実・薬草などが大量に採れる国の穀倉地帯だ。
すべては――
領民の生活を第一に考え、畑にまで足を運ぶ伯爵の努力の結晶だった。
エリシアは家族の待つ食堂の扉の前に立つと、震える手でドアノブを握った。
「……失礼します」
そっと扉を開けた瞬間――
温かな陽光のさす大広間で、フェルン家の朝食が進んでいた。
● 父:ライナルト・フェルン伯爵
厳めしい表情で書簡に目を通しながら、領地の税収と作柄を確認している。
前世では、決して弱い姿を見せない父を、エリシアは遠ざけていた。
だが今は――その背中が、とても懐かしかった。
エリシアの家族は、祖母に両親、姉、兄、エリシア、愛犬である。
● 母:アナスタシア・フェルン伯爵夫人
姿勢正しく座り、銀細工のカップを優雅に持つ。
侯爵家出身らしい気品があるが、家族に向ける愛情は、
「出来の良さ」と「周囲の評価」を通したものだった。
● 姉:エレーナ(長女15歳)
美しい金髪を揺らしながら、妹の言動に目を光らせている。“自分が一番”でなければ気が済まない
前世では、早くから社交界で活躍し、エリシアに難癖をつけては批判し、押さえつける存在になっていた。
● 兄:ユリウス(長男13歳)
真面目で優しいが、野心家。
将来の領地運営を夢見て、努力を惜しまない――そんな横顔。
● そして、愛犬の“ルフ”
表向きはただの白い大型犬。
だが本当は――水の上位精霊が姿を変えた存在。
エリシア以外の家族はその正体に気づいていない。
エリシアが、食堂に入りると、ルフがエリシアに気づき、飛びついてきた。
「ワンッ!」
「ル、ルフ……!」
転倒しそうになったエリシアを、何故か水のように柔らかな力が優しく支えてくれる。
懐かしい温かさに、思わず笑みがこぼれた。
その声に気づき、家族が一斉にエリシアへ視線を向ける。
父が少し驚いたように眉を上げた。
「エリシア。遅かったな。体調でも悪いのか?」
その言葉を聞いた瞬間――
エリシアの胸がきゅっと詰まった。
前世では二度と聞けなかった、父の温かい声。
「……おはようございます、お父様」
震える声を必死に押さえ、丁寧に頭を下げた。
母アナスタシアが、少しだけ目を細める。
「今日は随分と礼儀正しいのね。何かあったのかしら?」
エリシアは微笑んだ。
「いえ……皆と一緒に朝を迎えられて、嬉しいだけですわ」
家族は不思議そうにしながらも、いつも通りの食事を続けた。
だがルフだけは、彼女の足元から離れず、温かな蒼い瞳でじっと見上げていた。
まるで――“おかえり”
そう語っているかのように。
エリシアは胸にそっと手を当てた。
今度こそ……力をつけて、自分の人生をいきる。他人に左右される人生などごめんだわ。
彼女の新しい朝は、静かに、確かな光を放ち始めた。




