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黒髪の魔法使いⅦ




アンナに連れられ屋敷に戻ると、

彼女は一度息を整えてから告げた。


「ノエル様。

このあと、お客様がお見えになります」


その様子だけで、

なんとなく普通のお客ではないと察してしまう。


屋敷の中に入ると、

使用人たちの空気も、どこか張りつめていた。


(……え、なに。

すごく偉い人が来る感じ?)


胸の奥が、じわじわと落ち着かなくなる。


部屋に戻ると、

アンナが私の服や髪を整えながら、静かに続けた。


「午後は、そのお客様のご希望で――

ヴァレリウス様とノエル様、

三人でティータイムを過ごしたいと」


「……三人で?」


「はい」


それだけでも十分に緊張するのに。

アンナは少し間を置いてから、

いつもより低い声で告げた。


「お相手は……

皇太子殿下でいらっしゃいます」


(……え?)


言葉の意味が、

すぐには頭に入ってこない。


「こ、う……たいし……?」


この国の将来の王。

名前も立場も知っているけれど、

自分の人生には関わらないはずの存在。


そんな人が、

今、この屋敷に来ている?


(むり。むりむりむり……!)


手のひらが、じっとり汗ばむ。


アンナに案内されて応接室の前に立ったときには、

緊張で涙が出そうだった。


「失礼いたします」


扉が開く。


ゆったりと腰掛ける一人の青年。


……あ。


白い髪。

淡い黄色の、あの瞳。


さっき、庭で会ったあの人だった。


「えっと……」


声が、出ない。


「さっきぶりだね」


穏やかな声で、そう言われる。

頭の中が、真っ白になる。


(え?この人が……?)

理解するより先に、

思考が完全に止まっていた。


その瞬間。


「ノエル!無事かー!!」


――どん!!!


扉が、壊れそうな勢いで開く。


「えっ」


勢いそのままに飛び込んできたのは、

――リウスだった。


「この変人に絡まれてない!?

大丈夫!?泣いてない!?」


応接室の空気が、一瞬で崩壊する。


私は呆然としたまま、

リウスと白髪の青年を交互に見る。


……知り合い?


青年は一瞬だけ目を丸くして、

次の瞬間、困ったように笑った。


「過保護なんだね、リウス」

「あぁ、変な奴は妹に寄せ付けないように言われてるんだ」


――そこで、

ようやく私は悟った。


(……リウスは友達なの?皇太子と……?)


混乱が、さらに深まる音がした。







「僕はユリウス・アウレリア。よろしくね、妹ちゃん」

「お前の妹じゃない!!」


即座に噛みつくようにリウスが叫ぶ。


「じゃあ、ノエルって呼んでいいんだね」

「名前でも呼ぶな!

……くそ、口だけは達者だよな」


こいつには絶対に近づくな――

そう言わんばかりに、リウスは私の腕をつかみがら、

ぐるる、と唸り声をあげている気がした。


「エレノワールです。

先ほどはありがとうございました、殿下……」


「おい! “さっき”ってなんだ!?

やっぱりこいつ、何かしたのか!?」


「うるさい、リウス!

さっき帽子を拾っていただいただけだから!」


がっと肩を掴まれ、

その勢いのまま胸を押し返す。


その様子を見て、ユリウス殿下は

ははは、と楽しそうに笑った。


「ねえ、ユリって呼んでくれないかな。

ユリウスでもいいんだけど、

リウスと被っちゃうからさ」


「好きで似た名前になったわけじゃないからな!

ノエル、こいつの名前はクズだ。クズでいい」


殿下に向かってクズ呼びとは……。

私はただ、あきれるしかなかった。


「あの……殿下を気軽に名前で呼ぶのは……」


「リウスも、僕のことユリって呼んでるよ」


「年上の方を呼び捨てにするのは、

少し抵抗がありまして……」


「でもリウスも、君の二つ年上だよ?」


「え?」


思わず、リウスを見る。


……あの、

わがままな子どもをそのまま体現したみたいな人が、

私より二つも年上?

勝手に同い年だと思っていた。


私の反応を察したのか、

ユリはくくっと笑いを堪えながら言った。


「お前、年上だと思われてなかったんだな」


「ノエル……。

僕、君より二つも年上なんだけど……」


「ご、ごめんなさい!

友達みたいに接してたから、つい……!」


はは、と誤魔化すけど、

リウスはショックを受けた顔でそのまま固まってしまった。


「ちなみに僕も、リウスと同い年。

今日から君とも友達だから、敬語もなしね」


「あの、ユリウス殿下……」


「ん?」


「……ユリ」


満足そうに紅茶を口に運ぶユリ。


その瞬間、

はっと正気に戻ったリウスが、再び噛みつく。


「というか!

お前、何しに来たんだよ!!」


「リウスの新しい妹ちゃんに挨拶――

と言いたいところだけど、これを届けに来た」


すっと差し出された一冊の本を、

リウスが奪い取るように受け取る。


そして、目を見開いた。


「……国中探しても、見つからなかったのに」


「リウスが血眼になって探してるって聞いてさ。

“たまたま”家の書庫で見つけたんだ」


「……くれるのか?」


「親切な友達には、親切にしたいからね」


「くっ……ありが、とう……ユリ」


「どういたしまして」


悔しそうに唇を噛み、わずかに肩を震わせるリウス。

その隣で、すべてを見透かしたように余裕の笑みを浮かべるユリ。


――ああ、なるほど。


二人の様子を眺めながら、私はようやく腑に落ちた。

この二人、こういう関係なんだ。


思わず、乾いた笑いが少しだけこぼれる。


「……リウスとユリって、友達なんだね」


「腐れ縁! な!」


食い気味に否定するリウスに対して、


「ひどいなぁ。

君のために、わざわざ本まで届けに来るほど優しくしてるのに」


ユリは胸に手を当て、わざとらしく肩を落とす。

しくしく、なんて効果音が聞こえてきそうな口ぶりがおかしくて、

私は堪えきれず、声を上げて笑ってしまった。


気がつけば、

私もリウスにつられるように、ユリと自然に言葉を交わしていた。

敬語も忘れて、まるで昔からの友達みたいに。


それが、どうやら気に入らなかったらしい。


「……ノエル。さっきから、こいつに優しくないか?」


「え?」


「俺にはそんな態度、取らないだろ」


「そんなことないでしょ!」


即座に言い返すと、


「いや、絶対ちがう」


じとっとした視線で睨まれて、思わず言葉に詰まる。


「だって……

初めて友達ができたんだもん」


ぽろっと。

深く考えもせず、口からこぼれてしまった。


その瞬間、空気がぴたりと止まった。


ユリが一瞬、目を丸くして――

それから、ふっと肩の力を抜くように笑う。


「……かわいいなぁ」


「は?」


次の瞬間、リウスが私の肩をぐっと掴んだ。


「今からでも、こいつと友達やめない?

兄さまが魔法で消そうか?」


真顔で、とんでもないことを言い出す。


「やめて!

急に怖いこと言わないで!」


慌ててリウスの胸を両手で押し返す。


「僕もさ」


ユリは紅茶のカップを静かにソーサーへ戻し、

少しだけ視線を落とした。


「“友達”って呼んでいいのは、

リウスと君だけだよ」


柔らかな声なのに、どこか影が滲む。


「……他の人たちはね。

ちょっと、ややこしいんだ」


小さくため息をつくユリを見て、

私は胸の奥に、わずかな引っかかりを覚えた。


(……?)


「まあ、リウスと僕は来年から魔術学校に通うからさ。

そこで何かしら、縁ができるかもしれないけど……」


そう言って、表情を一転させてユリは微笑んだ。


「……魔術学校?」


思わず聞き返すと、


「そうだよ。魔力が強かったり、

魔法についてもっと知りたい子は、十歳から通うんだ。

僕の家と五大侯爵家の子なら、ほとんど必然みたいなものだね」


「えっ、リウスも行くの!?」


思わず声が大きくなる。


「あれ、言ってなかったか?」


「聞いてない!

家に先生が来て授業してたから、

ずっとこのままなんだと思ってた……」


――来年には、いなくなっちゃうのか。


胸の奥が、きゅっと縮む。

気づけば口をすぼめてしまっていた。


それを見たリウスは、少し困ったように頭をかく。


「ごめん……あれは、その……

学校に入るための試験勉強なんだ。

一応、普通の学校じゃないからさ。試験があって」


「僕たちみたいに魔力が強い家系の子は、

魔術学校に入るのが当たり前だって思われてるんだよ。

早い子だと、五歳くらいから準備が始まるしね」


フォローを入れるように、ユリが補足する。


……理屈はわかる。

でも、心は全然追いつかない。


そんな私の様子を見て、

ユリはぱっと何かを思いついたように声を上げた。


「そうだ。ノエルも、二年後に来たらいいさ」


「え?」


「学校は寮生活だからね。

今より、ずっと僕に会いやすくなると思うよ」


楽しそうに言うユリの隣で、


「は?」


と、リウスの声が低く響いた。

一瞬で目つきが悪くなる。


……けれど。


次の瞬間、

「それだ……!」

とでも言いたげに、ぱっと表情を変えた。


私の手を取って、目を輝かせる。


「まあ、まだ二年あるし!

ノエルが、すごーーーく頑張ったら入れると思う!」


「ノエルが言えば、父上も優秀な家庭教師をつけてくれるだろうし。

それに……やりたいこと、まだ見つかってないって言ってただろ?

学校に行けば、

魔法も今より扱えるようになる。

どう考えても、損はない!」


まるで商品を売り込む商人みたいな勢いに、

思わず呆れてしまう。


……でも。


「魔法を扱える」


その言葉だけが、胸の奥で強く響いた。


(あの時より、もっと自由に魔法が使えたら……)


路上で“稀代の魔法”と称して、

人々の知らない魔法を見せていた日々。

生活のためだったけれど――楽しかった。


それに。

魔法が強ければ、

この家の一員だってきっと皆に認めてもらえるはずだ。


気がつけば、私は大きく頷いていた。


「……私、魔法をもっと使えるようになりたい」


顔を上げて、はっきり言う。


「学校、行きたい」


その瞬間、

二人の表情が、ぱっと花開いた。


「決まりだね」

「よし!」


重なる声。


胸の奥に、あたたかいものが灯る。


――できた。

私の、やりたいこと。


それは、

これからの私を連れていく、

確かな一歩だった。




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