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黒髪の魔法使いⅡ




いつ、 どうやってここまで来たのか。

はっきりと思い出せない。

抵抗する暇も、逃げる隙もなかった。


向かい側には、 明らかに高級だと分かるソファ。

その中央に父親、その脇に少年が座っている。


そして、その正面には――

場違いにも私がいた。


(……こんな高そうなソファに

こんな薄汚れた格好で座っていいのかな)

現実逃避するように、そんなことを考えていた。

あれよあれよという間に手を引かれ、

高級そうな馬車に乗せられ、

気がつけば城のように大きな邸宅の一室で、このソファに座らされていた。


「……」


父親の方はローブを脱いだ私の姿をじっと眺めている。

値踏み、というより観察。

例のあの子はというと、相変わらずにこにこと笑顔を向けてくるだけだった。


「……親はどうした」


沈黙を割るように、低い声が落ちる。


「いません。

二年前、五歳の時に、住んでいた家から追い出されて……。

その後は、路上で暮らしていました……」


その言葉に、二人の表情がわずかに歪んだ。


(……何か、 まずいこと言った?)

考える間もなく、父親が再び口を開く。


「黒髪で闇魔法を操る者には、必ず我々の血が流れている。

それが遠縁であっても、例外はない」

「それに――」


深紅の瞳が、私の紫色の目を射抜くように見つめる。


「……いや、 何でもない」


そう言って、 視線を逸らした。


「つまりさ!」


空気を軽くしたのは、男の子の方だった。


「僕たち、親戚かもしれないってこと!……どう? 驚いた?」


(……そんなわけない、こんなにも身分が違うのに)


「君を追い出した者の居場所は分かるか」

「……分かりません。

気がついたら、知らない場所に捨てられていました」


少し迷ってから、 付け加える。


「それに……たぶん、育て親とは血が繋がっていません。

使用人みたいに扱われていましたし、

髪の色も、魔法の属性も違いましたから……」


そう告げると、二人はまた顔を曇らせた。




「でも、 この血は特別なんだ」


男の子ははっきり言い切った。


「血族でなければ、闇魔法は扱えない」


そう言って、またにこっと笑う。


「僕はヴァレリウス。

兄がもう一人いるんだけど、今は家にいないんだ。

今度紹介するね」

「アルノーだ」


短く名乗られ、 視線がこちらに向く。

次は、 私だ。


「……エレノワール、です」

「エレノワール」


アルノー様に名前を呼ばれ、 思わず息を飲む。


「君には、今日からここに住んでもらう」

「……あの。冗談、ですか?」

「違う」


即答だった。


「君を我が家の養子とする」


その言葉に、頭が真っ白になる。

養子。

――そんな言葉が、自分の人生に出てくるなんて。


「何か問題でもあるのか」

「……ない、です」


思わずそう答えてしまった。

(いや、問題があるとしたら、

どう考えてもそっちでは!?)

同じ黒髪とはいえ、

こんな薄汚れた子供を引き取るなんて――何を考えているのだろう。

けれど、

アルノーの無表情からは、その決定を覆す余地はまったく読み取れなかった。






「ここが、今日からエレノワールの部屋だよ」


そう言って、ヴァレリウスは扉を開けた。


――あの後。


「じゃあ、屋敷を案内するね!」

そう言われるや否や、半ば強引に手を引かれ、

私は広い邸宅の中を連れ回された。


説明は矢継ぎ早で、

そもそも私の頭がまだ現実に追いついていない。

正直、何ひとつ覚えていない。


ただ――

今、開かれた扉の先に広がる光景だけは、

思わず目を見開いてしまった。


紫と白を基調とした、あまりにも豪奢な部屋。

大人が三人は眠れそうな大きなベッド。

バルコニー付きの、大きな窓。

大きな鏡の付いたドレッサー。

さらに、ずらりと並ぶ数えきれないほどのドレス。

そして何より――


(部屋が、広すぎる!)


「エレノワールの瞳の色に合わせて、特注で揃えたんだ。

しかも、選んだのは僕!」


自慢げに胸を張るヴァレリウスに、私はもう返す言葉を見失っていた。


そのまま手を引かれて中へ入ると、

メイド服を着た女性が一人、背筋を伸ばして待っていた。


「エレノワールのお付の使用人だよ」

「アンナと申します。お嬢様」

「お、お嬢様なんて、呼ばれる立場じゃ――」


言い終わる前にヴァレリウスが遮るように言う。


「何言ってるの!

ノエルは今日からノクス家の一員だよ。

それに――僕の妹なんだから」


(……さらっと、ノエルって呼んでる)


その言葉に同調するように、

アンナさんもにこりと微笑んだ。


「じゃあ、さっそく着替えちゃって!

僕は後で行くから」


そう言って軽く手を振り、

ヴァレリウスは部屋を後にした。


「では、急ぎましょうか。

時間があまりありませんので」


アンナが懐中時計のようなものを確認すると、

その合図に合わせたかのように、

次々とメイドたちが部屋へ入ってきた。


「え、あの、アンナさ――」

「アンナとお呼びください」


にこやかに言われ、

ほとんど担ぎ込まれるように浴室へ連れて行かれる。


気づけば服を脱がされ、

恥ずかしがる間もなくバスタブに入れられていた。


温かいお湯。

頭を洗われ、体を優しく拭われる。


「じ、自分でやります……!」

「いけません。

そんなことをしたら、ご主人様に叱られてしまいます」


うるうるとした瞳で言われ、

それ以上は何も言えなかった。


あれよあれよという間に、

ふかふかのタオルに包まれ、

見たこともない魔道具で髪を乾かされる。


気がつけば高そうなドレスを着せられ、

ドレッサーの前で髪を整えられていた。


「……何とか間に合いましたね。

では、参りましょう」

「え、ど、どこへ……?」

「夕食の席です」


(夕食の席って……なに!?)


半ば流されるまま広い廊下を進み、

大きな扉の前で立ち止まる。


「どうぞ。

ご主人様とヴァレリウス様がお待ちです」


重々しい音を立てて扉が開かれる。

中には長いテーブルがあり、

そこに二人が座っていた。


「ノエル、可愛い!

やっぱり僕の選んだドレスに間違いはなかったね」

「来たか。……こっちだ」


アルノー様の隣に、ちょこんと座る。

すると、次々と料理が運ばれてきた。


(……全部、あったかい)


こんな食事、食べていいんだろうか。


あの家では、カビの生えたパンしか出なかった。

酸っぱい匂いの牛乳を、無理やり飲み込んだこともある。

路上生活では、

売れ残りで安くなった硬いパンと、

摘んできた野草が、毎日の食事だった。

それでも、生きるためには十分だった。


目の前のスープを見つめているうちに、

二人は慣れた所作で食事を進めていた。


(テーブルマナーなんて分からない……

このスプーン、どれから使うの……?)


「気にしなくていい。食べなさい」


アルノー様が、ちらりとこちらを見て言う。


その言葉に、

一番近くにあったスプーンですくって口に運んだ。


「……あったかい……おいしい……」


気づけば、涙がこぼれていた。


「え、ど、どうしたの?」


ヴァレリウスが驚いたように聞く。


「……暖かい食事、初めてで……」

「そっか」


ふっと、ヴァレリウスが笑う。


「これからは、毎日食べられるよ」

「気に入ったなら、それでいい」


相変わらず無表情だけれど、

その声は、不思議とやさしかった。


見たことのない料理を口に運ぶたび、

涙は止まらなかった。


それでも二人は何も言わず、

ただ少し離れたところから、

微笑ましいものを見るように見守ってくれていた。


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