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23対25

作者: 文星 結
掲載日:2025/11/04

「俺たちの方が強いと証明したかった。」


靴の底を丁寧に指でなぞりながら、蒼井つばさは静かにそう言った。

体育館の床には、まだ熱が残っている。転がったバレーボール。スニーカーの摩擦音、審判の笛の余韻、観客の声の残響。

スコアボードには、23対25。県高校総体決勝。俺たちは負けた。数字はもう動かない。

勝敗を分けた一点が、いまだ心の奥で跳ねていた。




「最後の最後、1回立て直すことも出来たんじゃない?」

俺、伊村そうたは、ボールバッグを肩にかけながら言った。

汗はもう乾いているのに、喉だけが渇いていた。

つばさは答えない。視線は、まだ自分の靴のつま先に落ちたままだ。


あいつはいつもそうだった。

言葉より先に行動で示すタイプ。あまり普段から喋るタイプでは無い。感情を表に出すのが下手で、でも、誰よりもチームのことを考えていた。


最終セット。

23対24のあと一点取られたらおしまい。

ラリーが続き、会場全体が息を呑んだ瞬間。

あのとき、つばさは、明らかに無理な体勢からストレートを打ち込んだ。

相手ブロックの指先に当たって、つばさの後ろへ。

それで試合が終わった。

歓声が割れ、コートの向こう側では優勝チームが抱き合っていた。


俺たちは、立ち尽くすしかなかった。


「意地張ったね。」

苦笑混じりに俺は言った。

負け惜しみでも、責めるつもりでもなかった。

ただ、聞いてみたかった。なぜあんな打ち方をしたのか。

あれほど冷静なつばさが、あんな“衝動的なプレー”を選んだ理由を。


つばさは、ゆっくりと顔を上げた。

目の奥には、いつもの静けさとは違う熱があった。

「俺たちの方が強いと証明したかった。」

それから、少しだけ息を詰まらせるように続けた。

「プライドとかではなく、お前のトスで、おれは強くなれるって相手に思い知らせたかった。」


その言葉に、俺の視界は歪んだ。


コートの片隅では、後輩たちも泣きながら荷物をまとめている。

顧問が淡々と「おつかれ」と言い、マネージャーが記録用紙を片付けている。

部活という空間の終わりは、いつも静かに訪れる。

試合の熱気と現実の温度差が、やけに冷たく感じた。

つばさは、シューズを袋にしまうと、天井を見上げた。

「本当に終わったんだな。」

ぽつりとこぼしたその言葉に、返す言葉が見つからなかった。

悔しさが胸の奥に居座ったまま、どこにも行けずにいた。


「そうた。」

つばさが俺の名前を呼ぶ。

「お前とバレーができて楽しかった」

それだけ言うと、何も続けなかった。

だけど、その一言がすべてを包んでいた。

勝ち負けの先にあったもの、証明したかった“強さ”の形が、少しだけ見えた気がした。


帰り道。

夕暮れの風が、汗の塩を少しだけ冷たくした。

自販機の前で、つばさがスポーツドリンクを二本買う。片方を投げられて、受け取るときに手が少し震えた。


缶を開ける音が、やけに静かな空に響く。

部活の終わりって、もっと劇的なものだと思っていた。でも実際は、泣き叫ばず、ただ日常に戻っていく。それが逆に、やけに現実的で、やけに寂しかった。


つばさは、歩きながらふと呟いた。

「高校バレーは終わったけどけど、まだお前とバレーがしたい。」

その声は独り言のようで、俺には届くか届かないかの距離だった。

だけど確かに、同じ気持ちを抱いていた。

悔しさの奥に、小さな熱が残っていた。

それはもう、勝ち負けのためだけのものじゃなかった。


卒業までの数ヶ月、俺たちは何度も体育館に戻った。

大会は終わっているのに、誰も止めなかった。

冬の体育館は冷たく、吐く息が白い。

それでも、ボールを打つ音だけは、夏の頃と変わらず響いていた。


汗をかくたび、あの日の一点が遠くなる気がした。

けれど、それを完全に忘れることはなかった。

あの一点があったからこそ、今の俺たちがある

そんな確信が、徐々に形を持ちはじめていた。


春。

卒業式の日。

コートの脇に置かれた古いボールに、つばさがマジックで書いた。

「俺たちの方が強い。」


その筆跡を見て、俺は少し笑った。

「まだ言うんだな。」

「これからも言うよ。」

短いやり取りのあと、風が吹いて体育館のドアが揺れた。

白い光が差し込み、埃がきらめく。


俺はその光の中で思った。

“証明したかった”というあの言葉は、終わりの合図なんかじゃない。

むしろ始まりだった。

あの日失った一点を、いつか取り返すために、

俺たちはきっとまたボールを追い続ける。


たとえ場所が変わっても。

たとえ仲間が変わっても。

俺たちは、まだこの悔しさの続きを生きている。


そして次のコートでも、きっと同じ言葉を口にするだろう。


「俺たちの方が、強い。」




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