Day 8
その日の体育館は、いつもより熱気に包まれていた。
コートの半分では女子がバレーをしていて、掛け声が響く。男子はその隣で、1組と3組に分かれてバスケの試合をしていた。
拓海はボールを受け取ると、軽やかなドリブルから鋭いステップで切り込み、あっという間にレイアップを決める。
「ナイス!」と1組側から歓声が上がり、隣の女子のバレーコートからも黄色い歓声が交じった。
「3組女子はせめて俺らを応援してくれよ……」
「拓海しか目に入ってねぇのな」
3組のバスケ部員が苦笑まじりにこぼす。確かに、女子らの視線は拓海に集中していた。
「調子どう?」
水分補給の合間、脩也のそばに拓海が近寄る。
「流石の脩也くんも、こっちは守備範囲外?」
その挑発めいた言葉は、脩也だけに聞こえる声量だった。
「脩也!交代!」
汗だくの真澄が膝に手をつきながら叫び、ハイタッチを求めてくる。
脩也は短く息を吐いた。
「……試してみればわかる」
「お、やる気になった?」
二人が同時にコートに戻ったそのとき、拓海が突然声を張り上げた。
「――はるか!」
思わぬ呼び声に女子コートがざわつき、振り返った遥の顔が青ざめる。
拓海は長い腕を交差させ、大きく手を振っていた。女子側から「きゃー!!」と悲鳴が起こる。
「こら梁瀬!真面目にやれー!」
「はぁーい!女子も集中!!」
男女それぞれの体育教師がすかさず怒鳴った。
スローインされると同時に、脩也と拓海の距離が一気に縮まる。
拓海の鋭いドリブルに食らいつき、脩也は体をがっちり当てる。ゴール下で押し合いになり、周囲の歓声は一層大きくなっていった。
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バレーの試合が一段落して、壁際に座り込んだ遥の元に、芽衣と清佳がすぐさま飛びつく。
「はる!さっきの梁瀬なに!?」
「や、私も何が何だか…」
「なにか企んでる風だよねぇ?」
絶対によからぬことを企てている。面倒なタイミングで目をつけられた、、と遥は水筒を額に当てながら首をもたげた。
「あー、梁瀬すごいわ、無双してる」
「ほんとだぁ、全然止められないねぇ」
二人に促されるように男子のコートに目を向けると、拓海と脩也が1対1でぶつかり合っていた。体育の授業のはずが、男子のコートは本気の試合のような熱気に包まれている。
拓海がフェイントでかわし、ゴールに迫る。
次の瞬間、脩也が跳び上がり、シュートを叩き落とした。
「おぉーーっ!」と野太い歓声が湧き起こる。
その歓声のなか、右腕で額の汗を拭う脩也の視線が.一瞬こちらに向いた気がして、遥は息を呑んだ。
「緋本くんも、すごいねぇ〜」
「でもやっぱり、バスケ部には敵わんかぁ」
「ピピーッ!」
笛の音が鳴り響き、熱気を帯びたまま試合は終了した。
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「はるか」
体育館と校舎を繋ぐ渡り廊下で、拓海に声をかけられた。通り過ぎていく女子たちが、ひそひそと噂めいた声を立てながら振り返っていく。
「梁瀬ぇ、なーんか変なこと考えてるでしょ」
隣にいた清佳が首を伸ばして睨みつける。
「いやいや、てか清佳ちゃんもこっち側でしょ?」
「あんた…ってか、彼女いるくせに誤解されるようなことすんな!」
「こんなんじゃ僕らの愛は揺らぎませぇん」
「他校だからバレないとタカくくってるだけでしょ!」
詰め寄る清佳を飄々と交わす拓海。もはや見慣れたその光景に、遥ははぁーっと長いため息をついた。
「いいよ清佳、もう行こう」
「はるか」
清佳を引き剥がしながら、拓海は再び遥を呼び止めた。
「きっと、俺に感謝する日が来るよ」