第80話 最後の配信
もう、逃げ場はなかった。
翔太は、震える手で最後にカメラを取り出した。
バッテリー残量、3%。
もう、ほとんど残っていない。
でも、最後まで記録する。
それが、配信者としての矜持。
録画ボタンを押す。
赤い光が、弱々しく点滅する。
「最後の...本当に最後の配信だ」
レンズを自分に向ける。
画面には、憔悴しきった男の顔。
もう、「ゴーストハンター」の面影はない。
ただの、怯えた人間。
「俺は...藤原翔太」
名前を口にする。
最後まで、手放せなかった名前。
「ゴーストハンター」
その肩書きも。
「登録者20万人」
数字も。
全てが、自分を縛る鎖だった。
でも、それが自分の全てだった。
「でも...もうすぐ...それも終わる」
涙が、頬を伝う。
「いや...違うな」
苦笑が漏れる。
「永遠に続くんだ」
「誰も見ない配信が」
月の民たちは、静かにその「最後の配信」を見守っていた。
敬意を持って。
これは、人間としての最後の記録。
これ以降は、別の存在になる。
「もし...これを見てる奴がいたら...」
翔太は、存在しない視聴者に語りかけた。
いや、もしかしたら、遠い未来に見る者がいるかもしれない。
「名前なんて...捨てちまえ」
「個性なんて...いらない」
「じゃないと...俺みたいに...」
言葉が詰まる。
「永遠の地獄に...落ちる」
そして、最後の言葉。
「でも...俺は後悔してない」
嘘だ。
後悔しかない。
でも、最後くらいは強がりたかった。
「これが...俺の選んだ道だから」
カメラのバッテリーが、ついに尽きた。
画面が、ブラックアウトする。
これで、本当に終わり。
人間としての、最後の記録。




