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第8話 忘れられた駅

車を道路脇の空き地に停める。エンジンを切った瞬間、世界から音が消えた。


耳がキーンと鳴る。あまりの静寂に、鼓膜が痛い。鳥の声も、虫の音も、風が木々を揺らす音すら聞こえない。まるで、真空の中に放り出されたような感覚。


翔太は、しばらく車内に留まっていた。外に出るのが、本能的に恐ろしい。


だが、配信者としてのプライドが、彼を突き動かす。


「...よし」


深呼吸をして、ドアを開ける。


ギィ...


ドアの軋む音が、静寂を切り裂く。その音の大きさに、思わず身体が竦む。


一歩、外に足を踏み出す。


足元の砂利を踏む音が、やけに大きく響く。ザク、ザク。自分の足音なのに、まるで誰かに後をつけられているような錯覚。


駅舎を見上げる。


朽ち果てた木造建築。屋根瓦の大半は落ち、梁がむき出しになっている。壁は蔦に覆われ、窓ガラスは一枚残らず割れていた。


駅名標を探す。錆びついた鉄板が、かろうじて原型を留めている。文字はほとんど判読不能だが、「祢」という漢字の一部らしきものが見える。


「...ここか」


つぶやいた声が、自分のものとは思えないほど掠れている。


スマートフォンを取り出し、@ruins_seekerの最後の投稿を確認する。電波は通じないが、保存していたスクリーンショットは見られる。


間違いない。写真の風景と、目の前の光景が一致する。錆びた駅名標、崩れかけた屋根、すべてが同じ。


「ついに...見つけた」


達成感と恐怖が、同時に込み上げてくる。


カメラを取り出し、録画を開始する。配信はできないが、後で編集してアップロードすればいい。これは歴史的瞬間だ。記録しなければ。


「ゴーストハンター、ついに見つけたぜ...」


カメラに向かって話しかける。誰も見ていないのに、いつもの調子を保とうとする。それが、恐怖から自分を守る唯一の方法だった。


「ここが、噂の祢古町の入り口、廃駅だ」


ゆっくりと駅舎に近づく。入口の引き戸は、半開きのまま朽ちている。中を覗き込むと、薄暗い待合室が見えた。


壁には、色褪せた時刻表がまだ貼られている。最終更新日は、昭和62年3月31日。37年前に、時間が止まっている。


床は落ち葉と埃で覆われているが、奇妙なことに、中央に一本の道ができている。まるで、最近誰かが通ったかのような。


いや、誰かではない。何かが、だ。


足跡をよく見ると、人間のものではない。4本足の動物。それも、かなり大型の。


「...猫?」


にしては大きすぎる。犬?いや、犬とも違う。なんというか、猫と人間の中間のような...


首を振る。疲れているんだ。冷静に考えろ。


ホームへと続く改札口。もちろん、改札機などない。木製の柵が朽ちているだけ。


ホームに出る。


線路は完全に錆びつき、雑草に覆われている。レールの間から、背の高い草が生え、まるで緑の川のよう。


だが、ホームのベンチだけは異様に綺麗だった。


埃一つない。塗装も剥げていない。まるで、毎日誰かが手入れしているかのように。


いや、「誰か」ではなく「何か」が。


ベンチに近づく。


そこに、黒い物体が置かれているのに気づく。


「...カメラ?」

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