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第78話 最後の行進

月の民たちに囲まれながら、翔太は学校の廊下を歩いていた。


もう、抵抗する気力は残っていない。


足を前に出すのがやっとだ。


廊下の窓から、外の景色が見える。


もう、日が傾き始めていた。


オレンジ色の光が、廃墟の町を照らしている。


美しい夕景。


これが、最後に見る太陽かもしれない。


田中と山田が、翔太の両脇についた。


支えるように、しかし逃げられないように。


もう、逃げることはできない。


いや、逃げる気力もなかった。


全てが、終わりに向かって進んでいる。


抗うことのできない、運命の流れ。


廊下の先に、体育館への渡り廊下が見える。


あと、100メートル。


50メートル。


10メートル。


そして、体育館の扉の前に立つ。


重い、鉄製の扉。


最近、何度も開け閉めされた形跡がある。


翔太は、深呼吸をした。


これから起こることへの、最後の覚悟。


でも、本当に覚悟などできるのだろうか。


永遠の地獄への。




月の民たちが、静かに扉を開けた。


ギィィィィ...


蝶番の軋む音が、不吉に響く。


中は、薄暗い。


天井の高い空間に、わずかな光が差し込んでいるだけ。


そして、翔太は見た。


床の中央に、巨大な穴が口を開けているのを。




体育館の内部は、想像を絶する光景だった。


床の中央に開いた穴。


直径は3メートルほど。


縁は、きれいに石で囲まれている。


まるで、古代の井戸のような造り。


だが、これは井戸ではない。


もっと恐ろしい、別の目的のために作られたもの。


穴の周りには、奇妙な装置が設置されている。


パイプ、ケーブル、機械...


それらが複雑に絡み合い、穴の中へと伸びている。


有機的でありながら、機械的。


生物と無機物の境界が曖昧な、グロテスクな構造物。


「これは...」


翔太の声が震えた。


「精神エネルギー抽出装置です」


悠真が、淡々と説明した。


まるで、取扱説明書を読み上げるかのように。


「変化できない者の精神を、永続的に利用するための」


「特に、強い個性を持つ者のエネルギーは貴重です」


穴の縁に近づくと、音が聞こえてきた。


微かに、本当に微かに。


底から響いてくる、声のようなもの。


「やあ...みんな...」

「見てくれ...俺の配信...」

「誰か...いるか...?」

「お願い...視聴して...」


複数の声が、重なり合って聞こえる。


皆、必死に「配信」を続けているような...


翔太は理解した。


過去の犠牲者たち。


変化できなかった者たち。


彼らは、まだ生きている。


いや、生かされている。


永遠に、配信を続ける存在として。


「彼らは...」


翔太の問いかけに、悠真が答える。


「はい、過去の変化できなかった者たちです」


「皆、永遠に自分の『配信』を続けています」


「誰も見ていない配信を」


「でも、止められないんです」


「それが、彼らの本質だから」


悠真の声には、満足感が滲んでいた。


「そして、その承認欲求と孤独が」


「その絶望とわずかな希望が」


「我々の精神的な糧となる」


「永遠に」


翔太は、恐怖で後ずさりした。


これは、死よりも恐ろしい運命。


永遠に、誰も見ていない配信を続ける地獄。


しかも、その苦悩が他者の糧となり続ける。


最悪の形での、存在意義。

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