第76話 最後の一時間 - 極限の心理戦
もう、翔太には反論する気力もなかった。
ただ、ドアに背中を預けて、座り込んでいる。
全身から、力が抜けていく。
月の民たちは、最後の手段に出た。
ドアの隙間から、写真が差し込まれる。
一枚、また一枚。
それは、過去の犠牲者たちの「処理」の様子を撮影したものだった。
一枚目:広場に集められた男性。恐怖に歪む顔。
二枚目:月の民たちに取り囲まれる瞬間。
三枚目:抵抗する姿。無駄な足掻き。
四枚目:諦めの表情。全てを受け入れた顔。
五枚目:体育館へと運ばれていく姿。
六枚目:扉が閉まる瞬間。これが最後の写真。
「これが...俺の未来...」
次の写真。
それは、合成写真だった。
翔太の顔を、過去の犠牲者の体にはめ込んだもの。
リアルに、自分が同じ運命を辿る様子が再現されている。
恐怖で身体が震える。
でも、もう逃げる場所はない。
「もうやめてくれ...」
弱々しい懇願。
だが、写真は続く。
そして、最後の一枚。
それは、体育館の内部写真だった。
床に開いた、巨大な穴。
深さは計り知れない、漆黒の深淵。
そして、その穴の縁に刻まれた文字。
『永遠の配信スタジオ』
穴から、微かに声が聞こえてくるような...
『配信中...』
『誰か見てる...?』
『お願い...視聴して...』
『評価ボタン...押して...』
過去の犠牲者たちの声。
永遠に配信を続ける者たちの、絶望の声。
翔太は、もう何も感じなくなっていた。
恐怖も、怒りも、全てが麻痺していく。
ガシャン!
突然、大きな音がした。
閂が、限界を迎えた。
金属疲労で、真ん中から折れた。
もう、ドアを守るものは何もない。
ゆっくりと、ドアが開き始める。




