第7話 歪み始める風景
首都高速3号線を北へ向かう。休日の午前中ということもあり、交通量は多い。ダッシュボードに固定したスマートフォンでは、車載配信が続いている。
「いやー、天気もいいし、絶好の廃墟探索日和だな!」
ハンドルを握りながら、カメラに向かって話しかける。視線は前方を向いたまま。安全運転は配信者の基本だ。過去に、配信中の事故で炎上した例を何度も見てきた。
視聴者数は1万人を超えて安定している。コメント欄も活発だ。
『どこ向かってるの?』
『ナビの目的地教えて』
『安全運転でな』
『事故るなよ』
『保険入ってる?』
『本当に場所わかるの?』
「場所なんてな、こういうのは第六感じゃねえの?」
軽口を叩きながら、内心では不安が募る。本当に辿り着けるのか。そもそも、祢古町は実在するのか。
「呼ばれてるんだよ、俺は。祢古町って場所にさ」
自分で言いながら、妙に真実味を感じる。確かに、何かに導かれているような感覚がある。北へ、北へという衝動。理屈では説明できない確信。
池袋を通過し、関越自動車道に入る。車窓の風景が、都市から郊外へと変わっていく。高層ビルが低層住宅に変わり、やがて田畑が目立つようになる。
所沢インターを過ぎたあたりで、最初の異変に気づいた。
「あれ...?」
同じような風景が、繰り返されている気がする。同じ形の倉庫。同じ配置の民家。同じ看板。
いや、気のせいだ。郊外の風景など、どこも似たようなものだ。
だが、10分後。
「...おかしい」
さっき見た廃業したガソリンスタンドを、また通過した。看板の錆び具合、割れたガラスの形、すべて同じ。
デジャヴ?いや、違う。本当に同じ場所を通っている。
ナビを確認する。現在地を示す矢印は、確実に北上している。道を間違えたわけではない。なのに、風景が繰り返される。
「お、なんだこれ。バグったか?」
視聴者に向けて、わざと軽い調子で言う。不安を見せるわけにはいかない。
『ナビ壊れた?』
『呪われてる』
『もう帰れ』
『ループしてね?』
『SAで休憩しろ』
コメントを読みながら、額に汗が滲む。エアコンは効いているのに、なぜか暑い。いや、暑いというより、空気が重い。
高速道を降りて、一般道に入る。ここからは、ネットで拾った断片的な情報が頼りだ。
「県道28号線を北上し、廃れたドライブインを目印に右折」
口に出して確認する。県道28号線は、すぐに見つかった。片側一車線の、寂れた道路。交通量は極端に少ない。
30分ほど走ると、情報通りドライブインの廃墟が見えてきた。「ドライブイン銀河」という看板が、かろうじて読み取れる。
右折。
道は急に狭くなり、山道の様相を呈してきた。カーブが増え、勾配もきつくなる。対向車とすれ違うのも困難な道幅。
「おいおい、マジでこんなとこに町があんのかよ」
独り言のように呟く。もう、演技する余裕もなくなってきた。
携帯の電波を示すアンテナピクトが、徐々に減っていく。4本、3本、2本...
そして、トンネルに入ったわけでもないのに。
圏外。
「あ、やべ。電波が...」
配信が途切れる。画面には「再接続中...」の文字。
モバイルWi-Fiルーターを確認する。3キャリア分用意してきたが、すべて圏外。まるで、電波を遮断する見えない壁にぶつかったかのように。
「...マジかよ」
もう、視聴者はいない。独り言が、車内に響く。
エンジン音と、タイヤが砂利を踏む音だけが聞こえる。
窓の外は、鬱蒼とした森。木々が道路に覆い被さるように生い茂り、昼間なのに薄暗い。まるで、緑のトンネルを走っているかのよう。
ふと、バックミラーを見る。
後ろから、車が一台もついてきていない。
前方にも、対向車は見当たらない。
完全に、一人。
「...ここ、本当に合ってんのか?」
不安が、じわじわと心を蝕む。引き返すべきか。いや、ここまで来て引き返すなど、配信者として失格だ。
そもそも、引き返せるのか。
さっきから、同じような風景が続いている。同じカーブ、同じ木、同じ...
違う。これは錯覚だ。疲れているんだ。
時計を見る。もう午後1時を回っている。出発してから2時間以上。なのに、どこにも辿り着かない。
ガソリンメーターを確認。まだ半分以上残っている。これなら、最悪引き返すことも...
その時。
木々の切れ間から、何かが見えた。
建造物だ。
「...!」
思わずブレーキを踏む。車が、砂利を巻き上げて止まる。
そこにあったのは、古びた木造の建物。
駅だ。