第69話 包囲完了
放送室の外では、月の民たちが完全な包囲を完成させていた。
廊下、階段、窓の外。
あらゆる逃げ道が、塞がれている。
もはや、逃げる場所はない。
悠真が、ドアの前に立った。
「藤原翔太さん」
その声は、ドア越しにもはっきりと聞こえた。
金属も、音を遮ることはできない。
「見事な逃走でした」
「正直、驚きました」
悠真の声には、genuine な感嘆が込められていた。
嘘ではない。
本当に、感心している。
「やはり、あなたは特別です」
「だからこそ、変化できない」
「だからこそ...」
言葉が途切れる。
でも、続きは明白だった。
だからこそ、特別な役目がある。
だからこそ、最高の糧となる。
ドアの向こうで、翔太は震えていた。
恐怖と、疲労と、そして奇妙な達成感。
ここまで逃げられた。
最後まで、自分らしく抵抗できた。
でも、これで終わり。
次は、本当の最後。
月の民たちは、静かに準備を始めた。
ドアを破る準備。
そして、「特別な儀式」の準備。
時間は、彼らの味方だ。
獲物は、もう逃げられない。
後は、適切なタイミングを待つだけ。
翔太は、なんとかマイクを動かすことができた。
録音ボタンを押す。
赤いランプが点灯する。
「...こちら、ゴーストハンター」
掠れた声が、マイクに吸い込まれていく。
「最後の...本当に最後の放送だ」
誰に向けての放送か、分からない。
電波は届かない。
ネットにも繋がらない。
ただ、機械が記録するだけ。
でも、それでいい。
「俺は、祢古町にいる」
「変化できなかった」
「もうすぐ...処理される」
淡々と、状況を説明する。
もう、演技する気力もない。
ただ、事実を述べるだけ。
「もし、これを聞く奴がいたら...」
「逃げろ」
「個を捨てろ」
「名前を捨てろ」
「じゃないと...」
言葉が詰まる。
じゃないと、何だ?
俺みたいになる?
いや、違う。
もっと恐ろしいことが待っている。
ドアの向こうから、声が聞こえてきた。
優しい、歌うような声。
『もうすぐだよ』 『扉を開けて』 『楽になろう』 『みんな待ってる』
翔太は、マイクを握りしめた。
「でも、俺は...」
「最後まで人間だ」
「藤原翔太だ」
「ゴーストハンターだ」
それが、最後の言葉だった。
ガシャン!
ドアが、内側から破られた。
いや、違う。
鍵が、勝手に外れた。
まるで、生きているかのように。
そして、ドアがゆっくりと開いていく。
月の民たちが、静かに室内に入ってくる。
もう、抵抗する意味はなかった。
翔太は、静かに立ち上がった。
これで、終わり。
いや、始まりか。
別の、恐ろしい何かの。




