第64話 最後の記録
翔太は、震える手でカメラを取り出した。
バッテリー残量、8%。
もう、長くは持たない。
だが、最後まで記録する。
それが、配信者としての矜持。
録画ボタンを押す。
赤い光が点灯する。
「ゴーストハンター...最後の配信だ」
その声には、もう威勢の良さはなかった。
疲労と絶望に満ちた、弱々しい声。
だが、それでもカメラに向かって話す。
習慣。
性。
これしか、自分を保つ方法を知らないから。
「俺は...変われなかった」
レンズを見つめる目には、深い絶望と共に、奇妙な安堵も浮かんでいた。
もう、戦わなくていい。
もう、演じなくていい。
もう、数字を追わなくていい。
「みんなみたいに、幸せになれなかった」
カメラの向こうの、存在しない視聴者に向けて。
いや、もしかしたら、これを見る者がいるかもしれない。
未来の、まだ人間である誰かが。
「でも...もう、いいんだ」
「疲れた」
「ずっと、『ゴーストハンター』を演じることに」
涙が、頬を伝った。
もう、隠す必要もない。
「20万人の登録者...」
「でも、本当の俺を知ってる奴なんて、一人もいなかった」
「俺自身も、本当の俺を知らなかった」
台座の周りで、猫たちがざわめき始めた。
もうすぐ、時間だ。
「藤原翔太...」
「その名前に、最後までしがみついた」
「結果が、これだ」
カメラを、広場全体に向ける。
千を超える猫たちの姿を映す。
全員が、期待に満ちた表情で待っている。
宴の始まりを。
「これが...俺の最期だ」
そして、最後に自分を映す。
憔悴しきった顔。
でも、どこか晴れやかな表情。
「じゃあな」
録画を、停止した。




