第61話 猫の行進
午前7時。
翔太が公民館を出ると、信じられない光景が広がっていた。
町中から、猫たちが現れ始めたのだ。
屋根から飛び降りる黒猫。 路地から這い出てくる三毛猫。 廃屋の窓から顔を出す白猫。 下水溝から這い上がってくる縞猫。
数十、数百、いや、もっと多い。
千を超える猫たちが、音もなく集結し始めた。
そして、完全に統率された動きで、町の中心へと行進を始める。
整然とした隊列。
先頭には、最も大きな黒猫。 その後ろに、やや小さめの猫たちが続く。 そして、最後尾には、子猫たち。
まるで、軍隊のような統制。
いや、軍隊以上だ。
完全に同じ歩調、同じリズム、同じ呼吸。
個体差は存在しない。
全てが、一つの意志に従って動いている。
翔太も、その流れに逆らうことはできなかった。
いや、逆らう気力もなかった。
猫たちは、翔太を中心に大きな円を作りながら進む。
50メートルほどの距離を保ちながら、決して近づきすぎず、離れすぎず。
まるで、獲物を逃がさないように、しかし早まって飛びかからないように、慎重に誘導している。
その行進に、「元人間」たちも加わっていく。
昨日まで、まだ人間らしさを残していた者たちも、今朝は完全に変化を遂げている。
四つ足で、猫たちの列に混じって歩く。
もはや、元々の猫と見分けがつかない。
いや、一つだけ違いがある。
彼らの目には、まだ知性の光が残っている。
人間だった頃の記憶の断片が、まだ完全には消えていない。
だからこそ、翔太を見る目に複雑な感情が宿る。
哀れみ。 期待。 そして、押さえきれない食欲。
田中も、山田も、他の失踪者たちも。
皆、同じ表情で翔太を見つめながら歩いている。
『もうすぐだよ』
『特別な役目が待ってる』
『永遠に一緒になれる』
無言のメッセージが、視線を通じて伝わってくる。
翔太だけが、この行進の中で異質な存在だった。
二本足で、よろよろと歩く人間。
疲労で足がもつれ、時折つまずきそうになる。
その度に、周囲の猫たちがざわめく。
期待が高まったような、微かな興奮。
獲物が弱っている。
もうすぐだ。
もうすぐ、宴の時間だ。




