第58話 静かなる朝餉
2024年3月26日、午前6時。
三度目の朝は、不気味なまでの静寂と共に訪れた。
翔太は一睡もできずに夜を明かし、公民館の窓際で膝を抱えて座っていた。瞼は重く、全身が鉛のように重い。極度の疲労が限界を超え、もはや痛みすら感じない。ただ、意識だけが妙に鮮明だった。
窓の外を見る。
朝靄が町全体を薄く覆い、廃墟の輪郭をぼやけさせている。まるで、現実と夢の境界が曖昧になったような風景。
そして、異様な光景が展開され始めた。
一軒、また一軒と、家々から住民たちが姿を現す。
皆、同じ動作をしている。
整然と、寸分の違いもなく、同じタイミングで玄関を出る。同じ角度で頭を下げ、同じ速度で箒を手に取り、同じリズムで掃き始める。
シンクロニシティ。
完全に同期した動き。
まるで、一つの巨大な生命体の細胞が、同じ指令に従って動いているかのように。
そして、全員が小皿を用意し始めた。
白い陶器の小皿。どこの家にでもあるような、ありふれた食器。
だが、その中に注がれる液体は...
翔太は目を凝らした。
水。
ただの水のように見える。
だが、よく見ると、その中に赤い液体が数滴混ぜられている。
血だ。
新鮮な血。
誰の血かは、分からない。
いや、分かりたくない。




