第56話 夜明け前の審判
ドアから入ってきたのは、悠真だった。
彼の変化は、もう最終段階に達していた。
美しい銀色の毛並み。 しなやかな四肢。 そして、慈愛に満ちた縦長の瞳孔。
もはや、人間の面影はほとんどない。
だが、最後の慈悲として、人間の言葉を話すことができた。
「時間です」
その声は、もはや人間のものではない。
響きが違う。
倍音が混じり、複数の声が重なっているような。
「明日の朝、月の民の集会があります」
「そこで、あなたの...処理が行われます」
処理。
やはり、その言葉。
「本当は、あなたにも変化してほしかった」
悠真の表情に、深い悲しみが浮かんだ。
人間だった頃の感情が、まだ残っているのだろう。
「この幸福を分かち合いたかった」
「でも...」
翔太は、力なく頷いた。
「分かってる」
「俺は、異物なんだろ?」
「餌なんだろ?」
「...はい」
悠真は、静かに答えた。
申し訳なさそうに。
でも、止められない本能に従って。
「でも、それも大切な役割です」
「あなたの命が、私たちの糧となる」
「そういう意味では、あなたも町の一部になれます」
慰めにもならない慰め。
でも、悠真なりの優しさだった。
「朝まで、ゆっくり休んでください」
「明日は...長い一日になりますから」
悠真は、静かに去っていった。
四つ足で、音もなく。




