第5話 再生数という羅針盤
2024年3月24日、午前9時。
アラームの電子音が、翔太の意識を無理やり現実に引き戻した。頭が重い。昨夜の奇妙な夢が、まだ脳髄にこびりついている。瞼を開けると、天井の染みがぼんやりと視界に入ってきた。
「...ぅ...」
喉の奥から、掠れた呻きが漏れる。口の中がカラカラに乾いている。舌が上顎に張り付いて、剥がすのに努力がいる。
身体を起こそうとして、全身の筋肉が強張っていることに気づく。まるで、一晩中全力疾走していたかのような疲労感。シーツは汗でぐっしょりと濡れ、不快な湿り気が肌にまとわりつく。
ベッドサイドのスマートフォンを手に取る。通知の数に目を見張る。
YouTube:437件の通知
Twitter:1,892件の通知
Instagram:523件の通知
TikTok:89件の通知
指が震える。これほどの通知は、全盛期以来だ。
YouTubeアプリを開く。昨夜の配信アーカイブを確認。
再生回数:52,847回
高評価:4,892
低評価:234
コメント:1,205件
「...は?」
声が裏返る。たった一晩で5万再生。ここ半年で最高の数字だ。
コメント欄を開く。
『伝説の配信になる予感』
『ゴースト復活か?』
『祢古町、ガチでヤバいらしいな』
『死ぬなよ』
『いや、死んでこそ伝説』
『保険金受取人は俺な』
『生配信必須』
『歴史的瞬間に立ち会える』
チャンネル登録者数を確認。
223,456人
昨日から3,000人近く増えている。減少が続いていたグラフが、久々に上向きに転じた。
翔太の唇が、無意識に吊り上がる。
これだ。この数字。この注目。これこそが、藤原翔太の生きる理由。存在する意味。
昨夜の恐怖は、朝日と共に薄れていく。代わりに、馴染み深いアドレナリンが血管を駆け巡る。承認欲求という名の麻薬が、脳内に分泌される。
「見てろよ...」
ベッドから跳ね起きる。昨夜の疲労が嘘のように、身体に力が漲る。
「俺は、お前らが思ってるような雑魚じゃねえんだ」