第47話 響くは幸福の歌声
深夜0時を回った頃、異変が起きた。
カリ...カリカリ...
床下から聞こえる、爪で引っ掻くような音。
だが、今夜の音は昨夜とは違っていた。
リズムがある。
メロディがある。
まるで、楽しげな音楽を奏でているような。
そして、声も混じり始めた。
最初は、単なる鳴き声。
『にゃあ、にゃあ』
だが、次第にメロディに乗り始める。
『にゃあ、にゃあ、みんなでにゃあ』
歌だ。
変化を遂げた者たちの、幸福の歌。
さらに多くの声が加わる。
『しあわせ、しあわせ、みんなしあわせ』
『なまえはいらない、くるしみもいらない』
『ただここにいる、それだけでいい』
美しいハーモニー。
完璧に調和した声の重なり。
個性の違いはない。皆が一つの声となって、喜びを歌い上げる。
翔太は、耳を塞いだ。
だが、歌は止まらない。
むしろ、直接頭の中に響いてくるようだった。
骨伝導。
いや、もっと直接的な何か。
精神に直接訴えかけてくる歌声。
そして、歌詞が変化する。
『でも、ひとりだけ』
『かわれないひとり』
『かわいそうなひとり』
翔太のことを歌っている。
『でも、だいじょうぶ』
『もうすぐおわる』
『みんなでたべる』
『きみも、やくにたてる』
「うるさい!」
翔太は叫んだ。
だが、歌は続く。
むしろ、音量が上がっていく。
家全体が、巨大なスピーカーになったかのように、歌声で震動する。
窓ガラスがビリビリと震え、床が振動し、壁から埃が舞い落ちる。
そして、翔太は気づいてしまった。
自分も、歌詞を口ずさんでいることに。
「みんなは...しあわせ...」
無意識に、メロディに合わせて歌っている。
「なまえは...いらない...」
慌てて口を押さえる。
だが、遅い。
涙が溢れた。
悔しさと、羨ましさと、絶望が混じった涙。
なぜ、自分だけが変われないのか。
なぜ、自分だけが幸福になれないのか。
なぜ、自分だけが取り残されるのか。
答えは、もう分かっている。
でも、認めたくない。




