第45話 鏡の中の孤独
翔太は、なんとか廃墟の民家の一つに逃げ込んでいた。
商店街から少し外れた、比較的しっかりした造りの二階建て。玄関のドアは壊れていたが、内側から家具で塞ぐことができた。
一階の居間に、大きな姿見が置かれていた。
不思議なことに、鏡面には埃一つついていない。まるで、つい先ほどまで誰かが磨いていたかのように、澄み切っている。
翔太は、鏡の前に立った。
そこに映っているのは、憔悴しきった男。
髪は汗と埃で固まり、目は充血し、頬はこけている。シャツは所々破れ、ズボンは泥だらけ。わずか2日で、ここまで変わってしまった。
だが、瞳孔は変わらず丸いまま。
耳も、人間の位置にある。
体毛も、人間のまま。
何一つ、変化の兆候がない。
「なんで...」
鏡の中の自分に向かって呟く。
「なんで俺だけ...」
拳を握りしめる。
爪が掌に食い込むほど、強く。
痛みで、自分がまだ人間であることを確認する。
隣の家から、幸せそうな鳴き声が聞こえてくる。
『にゃあ』『にゃあ』
楽しそうな会話。
仲間同士の触れ合い。
上の階からも、下の階からも、外からも。
町中が、変化を遂げた者たちの楽園となっている。
ただ一人、翔太だけが取り残されている。
異物として。
餌として。
翔太は、鏡に息を吹きかけた。
白く曇る鏡面。
すぐに曇りは晴れるはずだ。
だが...
曇った部分に、文字が浮かび上がった。
誰かが、あらかじめ指で書いていたような文字。
『たべごろ』
翔太は、震える手で文字を拭った。
だが、また息を吹きかけると、同じ文字が現れる。
いや、新しい文字も。
『もうすぐ』
『にがさない』
『おいしそう』
さらに。
『ゴーストハンター』
『20まんにん』
『いみない』
『ただのえさ』
「やめろ...」
翔太は、鏡から目を逸らした。
だが、どこを向いても現実は変わらない。
自分は、この町の食物連鎖の最下層。
ただの、餌。
それも、もうすぐ消費期限を迎える。




