第43話 視聴者たちの完全な変容と幸福
その頃、東京では...
【田中の完成】
かつて田中と呼ばれていた存在は、もはや個体として認識することが困難になっていた。
ワンルームアパートの部屋は、もう人間の住処ではない。家具は部屋の隅に押しやられ、床には柔らかい布や紙が敷き詰められている。巣のような空間。
そこに、他の「仲間」たちと共に寄り添っている。
いつの間にか、部屋に入り込んできた他の変化した者たち。もう、個人の所有という概念はない。皆で共有する温かい場所。
田中だったものは、深い満足感に包まれていた。
もう、「田中」という名前も思い出せない。必要ない。
ただ、「ゴーストハンター」という音の響きだけが、どこか懐かしい感情を呼び起こす。
大切な人。 憧れた人。 そして、もうすぐ特別な形で一つになれる人。
仲間の一匹が、優しく頭を舐める。
グルーミング。原始的なコミュニケーション。
言葉はいらない。
ただ、この温もりと一体感があれば十分。
部屋の隅で、スマートフォンが光っている。
バッテリーが切れかけているらしい。もうすぐ、永遠に沈黙するだろう。
画面には、最後に見たYouTubeのページ。
ゴーストハンターのチャンネル。
でも、もうそんなものは必要ない。
もうすぐ、本物の「ゴーストハンター」が、永遠に側にいてくれるのだから。
【山田の解放】
山田だったものは、既に東京を離れていた。
四つ足の姿勢が、今や最も自然で心地よい。風を切って走る感覚。地面を蹴る爪の感触。全てが、本来あるべき姿。
途中で出会った他の変化した者たちと、小さな群れを作っている。
言葉での会話はない。
でも、意思の疎通は完璧だ。
『にゃあ』(あっちだ)
『にゃあにゃあ』(もうすぐ着く)
『にゃあああ』(楽しみだ)
皆、同じ場所を目指している。
祢古町。
全ての始まりの地。
そして、特別な儀式が行われる地。
山田だったものは、かつて抱いていたゴーストハンターへの批判や憎しみを思い出そうとした。
だが、もう思い出せない。
そんな負の感情は、とうに消え去っている。
今あるのは、純粋な期待だけ。
変化できなかった者の精神は、特別に濃厚だという。
個に執着した者ほど、その苦悩は深く、味わい深いという。
ゴーストハンターは、きっと最高級の「調味料」になるだろう。
皆で分かち合う、特別な糧に。




