第42話 観客たちの夜
2024年3月25日、午後7時。
黄昏は静かに終わりを告げ、祢古町に本格的な夜の帳が下りた。山間の谷底という地形も相まって、闇の訪れは平地よりも早く、そして深い。
翔太は、商店街から森へと続く道の入り口で立ち尽くしていた。
昼間に見つけた車への道。だが、そこには既に「彼ら」がいた。
森の縁に立つ、何十という黒い人影。
いや、人影というのは正確ではない。人と猫の中間、あるいはそれ以上に変化を遂げた存在たち。ある者は完全に四つ足で、ある者は中腰の奇妙な姿勢で、またある者は人間のように直立している。
だが、共通しているのは、その視線だった。
全員が、翔太を見つめている。
瞬きもせず、微動だにせず、ただじっと。
その視線に敵意はない。攻撃的な気配もない。
あるのは、深い憐憫と、微かな期待。
翔太には、彼らの無言のメッセージが痛いほど理解できた。
『変われない人』 『まだ苦しんでいる人』 『もうすぐ楽になれる人』 『特別な役目を持つ人』
彼らは動かない。
道を塞いでいるだけ。
まるで、「まだその時ではない」と告げているかのように。
翔太は、一歩後退した。
その動きに合わせて、「彼ら」の中から小さなざわめきが起こる。期待が高まったような、微かな興奮。
だが、それでも動かない。
ただ、見ている。
観客のように。
舞台上の役者の、最後の演技を見守る観客のように。




