第40話 黄昏の観客
陽が、沈んでいく。 世界が、美しい茜色と、深い藍色に染まっていく。 それは、翔太が見た、人生で最も美しい夕焼けだった。そして、最も絶望的な夕焼けでもあった。
彼が顔を上げた、その時。
森の木々の間に、それらがいるのに気づいた。
人影。 何十という、黒い人影。 昨日のように、一瞬で消える幻ではない。確かに、そこに存在している。 彼らは、森の縁にずらりと並び、ただ、じっと翔太のことを見ていた。 攻撃してくるわけでもなく、近づいてくるわけでもない。 ただ、静かに、そこに立っている。
まるで、舞台の幕が上がり、主役の登場を待つ観客のように。 あるいは、これから始まる饗宴を前に、メインディッシュを眺める美食家のように。
翔太は、理解した。 夜が来たのだ。 彼らの時間が。そして、自分の、終わりの時間が。
彼は、もう逃げようとも、叫ぼうともしなかった。 ただ、力なくその場に座り込み、自分を取り囲む、黄昏の観客たちを、虚ろな目で見つめ返すことしか、できなかった。
午後7時。 黄昏は終わり、夜の闇が完全に町を支配した。翔太は、道が森に変わってしまったその場所から、一歩も動けずにいた。
森の縁に立つ、何十という黒い人影。 彼らは動かない。声も発しない。ただ、じっと翔太を見ている。その視線は、もはや好奇や敵意といった、理解可能な感情を含んでいなかった。それは、ただそこにあるだけの、無機質で、絶対的な「事実」。まるで、天文学者が遠い星を観測するように、彼らは翔太という存在を、ただデータとして捉えているかのようだった。
(……なんだよ、お前ら……)
翔太の心にあった恐怖は、いつしか麻痺し、冷たい諦念に変わり始めていた。 もう、カメラを回す気力も湧かない。配信者としての自分は、この絶対的な現実の前では、あまりにも無力で、滑稽だった。ここは、コンテンツになどなり得ない。人間の矮小な物差しでは測ることのできない、圧倒的な何かが支配する場所なのだ。
どれほどの時間が経っただろうか。 人影たちは、ふっと、音もなく闇に溶けて消えた。 まるで、満足して席を立った観客のように。
後に残されたのは、再び完全な静寂と、闇の中にぽつんと取り残された翔太だけだった。彼は、まるで糸の切れた人形のように、ゆっくりと立ち上がると、おぼつかない足取りで、町の中心部へと引き返していった。もはや、そこに目的などなかった。ただ、この身を置くべき場所が、他になかった。




