第36話 帰路なき道
真実の断片を知ってしまった翔太の頭を支配したのは、ただ一つの感情だった。
(逃げろ)
一刻も早く、この町から脱出しなければならない。 彼は、証拠となるファイルを乱暴にバックパックに詰め込み、理科室を飛び出した。廊下を走り、昇降口を抜け、校庭を横切る。
後ろを振り返る余裕はない。ただひたすらに、車を停めた、あの道を目指して走った。 時刻は、午後4時を回っていた。日は傾き始め、森の影が長く伸びている。
(間に合う。今ならまだ、陽のあるうちに……!)
彼は、木々の間を抜け、必死に走った。 そして、ついに見覚えのある場所に出た。駅へと続く、あの小道だ。 希望が見えた。彼は最後の力を振り絞り、小道を駆け抜ける。
アスファルトの道路が見えた。 自分が車を停めた、あの場所だ。
だが。 翔太は、その場に立ち尽くした。
「……うそだろ」
彼の目の前に広がっていたのは、見慣れた道路ではなかった。 道が、ない。 彼が車を停めたはずの場所も、その先に続いていたはずのアスファルトの道も、全てが消え失せ、ただ鬱蒼とした、人の手の入っていない原生林が広がっているだけだった。
「なんで……どうして……」
彼は、森と道の境界線を、何度も行ったり来たりした。だが、どこまで行っても、道が現れる気配はない。 まるで、最初から、道など存在しなかったかのように。 まるで、この町が、彼という獲物を逃がさないために、自らの姿を変えたかのように。
脱出路は、完全に断たれた。
「ああ……ああ……」
翔太は、その場に膝から崩れ落ちた。 バックパックから、ファイルとカメラが転がり落ちる。だが、もうそれを拾う気力もなかった。
終わった。 完全に、終わった。
希望は、完全に断たれた。彼は、この町という巨大な檻に閉じ込められた、一匹の実験動物に過ぎなかった。




