第34話 理科室の「実験」
二度目に足を踏み入れた校舎は、昼間だというのに、先ほどよりもさらに深く、冷たい闇を湛えているように感じられた。翔太は廊下の物音に怯えながらも、一直線に目的の場所へと向かう。
『理科室』
プレートが掲げられたドアは、鍵がかかっていなかった。軋む音を立ててドアを開けると、ホルマリンのツンとした匂いが鼻をつく。 室内は、想像していたよりも遥かに整然としていた。人体模型や実験器具が整然と並び、まるで今でも授業で使われているかのようだ。
だが、部屋の奥の一角だけが、異様だった。 そこには、本来あるはずのない、大型の分析機器や、遠心分離機、そして電子顕微鏡までが設置されている。まるで、学校の備品ではなく、本格的な研究所の機材が持ち込まれたかのようだった。
そして、その机の上に、一つのジュラルミンケースが置かれていた。鍵のかかった、厳重なケース。 翔太は、ゴクリと唾を飲んだ。これだ。K_ruinsが言っていた「記録」は、この中に違いなかった。
彼はバックパックから、ピッキングツールを取り出した。これは、廃墟探索で施錠されたドアを開けるために、違法と知りながらも常に持ち歩いていたものだ。こんな形で役に立つとは。
数分間、鍵穴と格闘する。カチリ、と小さな音を立てて、ロックが外れた。 震える手で、ケースを開ける。
中に入っていたのは、彼の想像を絶するものだった。 ファイルの束だけではない。ガラスのプレパラート。試験管に入った血液サンプル。そして、いくつもの小さな標本瓶。
彼は、一つのプレパラートを手に取り、顕微鏡のステージにセットした。 接眼レンズを覗き込む。 そこには、一本の毛が映し出されていた。 根元の方は、間違いなく人間の毛髪だ。だが、先端にいくにつれて、その構造は明らかに猫の毛へと変化していた。その境界線はあまりにも滑らかで、まるで一本の毛の中で、生物としての種が書き換えられているようだった。
彼は、標本瓶の一つを手に取った。中には、小さな爪が入っている。ラベルには『田中 美咲(9歳) 3月19日採取』と書かれていた。それは、カルテで見た少女の名前だった。




