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第32話 届かない電波、届く声

小学校から逃げ出した翔太は、半ば無意識のうちに、町の外れにある高台を目指していた。電波。せめて、電波が届けば。助けを呼べるかもしれない。この異常な事態を、リアルタイムで世界に発信できるかもしれない。


高台には、錆びついた給水塔がぽつんと立っていた。彼は、息を切らしながらフェンスを乗り越え、塔のてっぺんまで続く梯子を登った。


頂上に着くと、町全体が見渡せた。 廃墟と化した家々が、まるで墓石のように立ち並んでいる。その間を縫うように、幾筋もの道が走る。美しい、だが死んだ町。


彼は、震える手でスマートフォンを取り出した。 画面の左上には、絶望的な「圏外」の二文字。 彼は、持参した3キャリア全てのモバイルWi-Fiルーターの電源を入れた。だが、結果は同じだった。どの端末も、電波を掴むことはなかった。


「……だよな。そんな、うまくいくわけ……」


自嘲気味に呟き、彼は空を仰いだ。 この町は、物理的に「閉ざされている」。見えない壁か、あるいは特殊なジャミング電波か。いずれにせよ、外部との通信は絶望的だった。


諦めて梯子を降りようとした、その時。


『――ザ……聴こえるか……?ザザ……』


ポケットに入れていた、電源を切り忘れていたトランシーバーから、ノイズ混じりの声が聞こえた。 翔太は、弾かれたようにトランシーバーを掴んだ。


「誰だ!? こちらゴーストハンター! 聞こえるか!」


『……ゴースト……ハンター……?ああ、君か。……新しい……』


声は、ひどく途切れ途切れだ。だが、その声質には聞き覚えがあった。


「あんた、K_ruinsさんか!? Discordの!」


『……そうだ。……なぜ、忠告を……聞かなかった……』


「助けてくれ! この町はヤバい! 警察に……」


『無駄だ。……もう、手遅れだ』


K_ruinsの声には、力がなかった。深い諦観と、絶望の色が滲んでいる。


『俺も……昔、来た。……君と同じように、真実を暴こうと……。だが、ここは……そういう場所じゃない』


『ここは……帰る場所だ。……帰れない者は……喰われる……』


「何を言って……」


『君は……まだ、人間のままだな……? それが……命取りに……ザザ……』


ノイズが激しくなり、声が遠のいていく。


「おい! 待ってくれ! K_ruinsさん!」


『……一つだけ……教え……。学校の……理科室……そこに……本当の記録が……』


『だが……見るな……見たら……君も……』


ザザザザッ―――!!


激しいノイズと共に、通信は完全に途絶えた。


翔太は、沈黙したトランシーバーを握りしめ、立ち尽くした。 電波は届かないはずの、この閉ざされた町で、なぜかトランシーバーだけが繋がった。そして、もたらされたのは、希望ではなく、さらなる絶望への招待状だった。

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