第30話 『しゅうへい』の日記
翔太は、恐怖と使命感の入り混じった複雑な感情で、教室の中を調べていった。そして、一番後ろの席の机の上に、一冊のノートが置かれているのを見つけた。表紙には、子供の丸い字で『くりた しゅうへい』と書かれている。
「さっきの音声の子か?」
彼はゴクリと唾を飲み込み、そのノートを開いた。それは、日記だった。
3月15日 はれ
『きょう、がっこうにいくとちゅうで、くろいねこにあった。めがあったら、あたまのなかにこえがきこえた。「おかえり」っていってた。へんなの』
3月17日 くもり
『たいいくのじかん、はしっていたら、てとあしをよんほんつきたくなった。やってみたら、いつもよりはやくはしれた。せんせいはみてないからへいき』
3月19日 あめ
『きのう、おかあさんのごはんをたべたら、おなかがいたくなった。でも、そとでみつけた虫をたべたら、なおった。もう、にんげんのごはんはいらないのかもしれない』
ページをめくるごとに、その内容は常軌を逸していく。そして、文字そのものも、徐々に変化していた。最初は丁寧だった鉛筆の文字が、次第に乱れ、最後の方は、まるで鋭い何かで紙を引っ掻いたような、おびただしい爪痕に変わっていた。
そして、最後のページ。 そこには、もはや文字とは呼べない、狂気的な爪痕で、一つの文章が刻まれていた。
『ゴーストハンターおじさんへ』
翔太の心臓が、大きく跳ねた。
『きみは、ぼくたちの ごはん』
『さいごまで にげてね』
『そのほうが おいしいから』
「ひっ……!」
翔太はノートを取り落とした。ガタン、と大きな音が静かな教室に響く。 その音に呼応するかのように、廊下の向こうから、何かが近づいてくる気配がした。
コツ、コツ、コツ……。
二足歩行の足音。だが、そのリズムはどこかおかしい。 翔太は息を殺し、教室のドアのすりガラスの向こうを凝視した。
人影が、近づいてくる。 子供くらいの背丈。 その影は、ドアの前でピタリと止まった。
そして、ゆっくりと、四つん這いになった。




