第28話 市立祢古小学校
翔太は、住民たちから逃げるように、小学校へと向かった。
『市立祢古小学校』
錆びついた門柱に、かろうじて学校名が読み取れる。
校門を入ると、異様な光景が広がっていた。
校庭で、子供たちが遊んでいる。
いや、「遊んでいる」という表現は正確ではない。
数十人の子供たちが、四つ足で駆け回っている。 互いにじゃれ合い、追いかけっこをしている。 時折、「にゃあ」「にゃあ」と鳴き交わしている。
もはや、人間の子供ではない。
大きな猫の群れ。
だが、その表情は、これ以上ないほど無邪気で幸福に満ちていた。
純粋な、遊びの喜び。
複雑なルールも、競争も、勝ち負けもない。
ただ、群れて遊ぶことの原初的な楽しさ。
一人の少女が、翔太に気づいた。
まだ二本足で歩ける段階の、変化初期の少女。
「あ、人間だ!」
嬉しそうに駆け寄ってくる。
他の子供たちも、興味深そうに集まってきた。
「ねえねえ、お兄ちゃんはいつ変わるの?」
少女の問いかけに、翔太は答えられない。
「みんな変わるんだよ!」
少女は、くるくると回りながら続けた。
「先生も、お父さんも、お母さんも!」
「最初はちょっと変だったけど、今はすっごく楽しい!」
他の子供たちも、口々に同意する。
『にゃあ!』(そうだよ!)
『にゃあにゃあ!』(勉強しなくていい!)
『にゃあああ!』(毎日が遊び!)
翔太は、呆然と立ち尽くした。
「でも...人間じゃなくなるんだぞ?」
少女は、首をかしげた。
「人間?」
その言葉が、理解できないかのように。
「人間って、そんなに良いもの?」
少女の瞳には、純粋な疑問が浮かんでいた。
「いつも競争して、比べて、苦しんで」
「テストがあって、成績があって、順位があって」
「それが、人間?」
翔太は、言葉に詰まった。
確かに、そうだ。
人間社会は、常に競争と比較の連続。
自分も、登録者数や再生回数に一喜一憂し、他の配信者と比較して苦しんでいた。
「こっちの方が、ずっと幸せだよ!」
少女は、無邪気に言い切った。
そして、他の子供たちの元へと駆けていく。
途中で、自然に四つ足になり、群れに混じっていった。
もう、個体として識別することは難しい。
皆、同じように見える。
でも、皆、幸せそうだ。




