第25話 薬局の地下
カルテの衝撃から立ち直れずにいた翔太は、ふと床の一部が不自然であることに気づいた。
調剤室の隅、薬品棚の陰になっている部分。そこだけ、床の色が微妙に違う。新しいコンクリートで塗り固められたような跡。
近づいてよく見ると、コンクリートの一部にひび割れがある。
そして、そのひび割れから、微かに風が吹き上げてきている。
地下への通路だ。
翔太は、近くにあった金属の棒を手に取り、ひび割れた部分を突いた。
ボロボロと、コンクリートが崩れる。思ったより脆い。急いで塗り固めた跡らしい。
数分後、人一人が通れるほどの穴が開いた。
下を覗き込む。
真っ暗な階段が、地下へと続いている。
そして、下から立ち上ってくる臭い。
獣臭と、腐敗臭と、そして何か甘ったるい匂いが混じった、吐き気を催す悪臭。
普通なら、絶対に降りたくない。
だが、翔太は配信者だ。真実を暴くことが使命だ。
それに、ここまで来て引き返すわけにはいかない。
懐中電灯を握りしめ、階段を降り始める。
一段、また一段。
階段の壁には、赤黒い手形がびっしりとついている。
人間の手形。
必死に這い上がろうとした跡。爪で壁を引っ掻いた跡。
だが、どの手形も、下向きに引きずられたような痕跡を残している。
何かに、引きずり下ろされたのだ。
10段、20段...
階段は、思ったより深い。
そして、ついに底に着いた。
懐中電灯で周囲を照らす。
そこは、コンクリートで固められた地下室だった。
広さは、学校の教室ほど。天井は低く、大人が立つとギリギリ頭がつかえる程度。
そして、床一面に...
「うっ...」
翔太は、思わず口を押さえた。
骨だ。
大量の骨が、床に散乱している。
人間の骨。
頭蓋骨、肋骨、大腿骨...
少なくとも、数十人分はあるだろう。
そして、骨の多くに、歯形がついている。
鋭い牙で噛み砕かれた跡。骨髄まで吸い尽くされた跡。
これが、「処理」の現場か。
変化できなかった者たちの、最期の場所。
壁には、血文字が残されていた。
震える文字で、必死に書かれたメッセージ。
『にげろ』
『つぎはおまえ』
『たべられる』
『つきのたみ』
そして、最も新しいと思われる血文字。
まだ、完全に乾いていない。
『ゴーストハンター まってる』
翔太は、階段を駆け上がった。
もう、ここにはいられない。
一刻も早く、この町から逃げなければ。
だが、本当に逃げられるのか?
カルテには、明日の日付で自分の「処理」が予定されている。
逃げ道は、あるのか?




