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第2話 救済の囁き

『なんか面白いことないの?』


コメントが翔太の網膜に焼き付く。フォントは明朝体、色は白。普通のコメントのはずなのに、なぜか心臓を鷲掴みにされたような圧迫感を覚える。


『このままじゃ寝るわ』


配信画面の視聴者数が、1,650人を切った。グラフは下降線を描き続けている。このままでは1,500人を割るのも時間の問題だ。かつて、5万人が同時視聴した栄光の日々が、悪い冗談のように思える。


「お、おい、お前ら、ちょっと待ってろ」


声が上擦る。喉の渇きで、唾を飲み込む音がマイクに入ってしまう。まずい。プロ失格だ。


「今、ヤバいニュース見つけちまったかもしれねえ」


嘘だ。まだ何も見つけていない。だが、ここで視聴者を引き止めなければ、この配信は確実に失敗に終わる。失敗は、死を意味する。少なくとも、配信者としての。


震える指でマウスを握る。手のひらは汗でべっとりと濡れている。PCのファンが唸りを上げ、熱風を吐き出す。Core i5の中古品。去年買ったものだが、既にガタが来始めている。


ブラウザを開く。筋肉記憶が、自然とTwitterのトレンドページへと導く。日本のトレンド一覧が表示される。


1位:#新作ゲーム発売

2位:#深夜のラーメン

3位:#朝までテレビ


ありきたりなタグが並ぶ。焦りが募る。額から汗が一筋、頬を伝って顎から落ちた。


スクロール。もっと下へ。何かないか。何でもいい。配信を救う「何か」を。


そして、48位にそれはあった。


『#祢古町』


見慣れない地名。「祢」という漢字すら、正確に読めない。「ねこまち」だろうか。いや、違う。なぜか、その文字列を見た瞬間、背筋に冷たいものが走った。


関連ツイートを開く。


『廃墟写真家の@ruins_seekerが失踪か』


投稿時刻は3時間前。

リツイート数は523。

いいねは1,847。

微妙な数字だが、コメント欄が異様に伸びている。


『最後の投稿、怖すぎない?』


返信を辿る。画像が添付されている。薄暗い廃墟の入り口。錆びた看板。そして、大量の猫。いや、よく見ると、猫たちの配置が妙だ。まるで、何かの文字を形作っているような...


『この町のネコ、やっぱりおかしい』


その一文を見た瞬間、翔太の指が止まった。


「@ruins_seeker...」


思わず声に出していた。知っている。むしろ、知りすぎている。フォロワー8万人の廃墟写真家。芸術的な写真で静かな人気を博している。自分とは対極の存在。


翔太は歯噛みする。


「あー、あの意識高い系の奴か」


配信画面に向かって、わざとらしい嘲笑を浮かべる。


「フォロワー8万人くらいだろ?俺の全盛期の20分の1じゃん。そんなのが消えたくらいでニュースになるのかよ」


強がりだ。心の奥底では分かっている。@ruins_seekerの8万人は、熱心なファンばかり。エンゲージメント率は自分の10倍以上。質が違う。


マウスが、勝手に動く。いや、動かしているのは自分だ。だが、意識とは別の何かに導かれているような感覚。5chを開く。オカルト板。いつもの巡回ルート。


検索窓に文字を打ち込む。


「祢古町」


Enterキーを押す瞬間、なぜか指が震えた。


検索結果が表示される。


【オカルト板】祢古町について語るスレ Part.27【ガチでヤバい】


Part.27。かなり続いている。書き込み数は983。もうすぐ次スレだ。


恐る恐る、スレッドを開く。モニターの光が、翔太の顔を青白く照らし出す。瞳孔が、わずかに開く。


レス番号1:

『このスレは絶対に現地に行くな』

『マジで失踪する』

『34人目が出た』


レス番号15:

『俺の知り合いも行ったきり』

『iPhone の位置情報、町の入り口で途切れた』

『警察も介入できないらしい』


翔太の呼吸が、少しずつ速くなる。


レス番号156:

『政府が隠蔽してる』

『国土地理院の地図からも消えてる』

『でも1985年までは普通に存在してた』


レス番号423:

『失踪者リスト更新』

『YouTuber:7名』

『配信者:12名』

『廃墟マニア:9名』

『その他:6名』


心臓が、早鐘を打つ。


レス番号754:

『共通点がある』

『全員、ネットで発信してた』

『承認欲求が強い奴ばかり』

『まるで、狙われてるみたい』


翔太は、画面から目が離せなくなっていた。コメント欄では、視聴者たちが騒ぎ始めている。


『ゴースト、大丈夫?』

『顔色悪くね?』

『何見つけた?』


レス番号891:

『お前ら、絶対に行くなよ』

『特に配信者は危険』

『あそこは「餌」を求めてる』


レス番号892:

『最高の「餌」として選ばれたやつの末路がヤバい』

『名前を呼ばれたら終わり』

『個性が強いほど、美味いらしい』


視聴者数が、いつの間にか増え始めていた。1,980人。2,100人。2,250人。


翔太は理解した。これだ。これが、自分の求めていた「救済」だ。廃墟、失踪、政府の隠蔽、都市伝説。全ての要素が揃った、完璧なコンテンツ。


手が震える。だが、それは恐怖からではない。興奮だ。失われた栄光を取り戻すチャンスが、目の前にある。


「なあ、お前ら...」


翔太は、マイクに顔を寄せた。声を潜める。最高の演出効果を狙って。部屋の空気が、ぴりりと張り詰める。


「俺、見つけちまったかもしんねえ」


一呼吸置く。視聴者の期待を最大限に高めるために。


「本物を」


コメント欄が爆発した。

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