第18話 遺品が語る真実
事務室の中で、ろうそくの炎が揺れていた。
その明かりに照らされて、床に座り込んでいる人影が一つ。
いや、人ではない。
人の形をしているが、全身が薄い毛で覆われている。顔立ちも、人間と猫の中間のような。耳は頭の上の方に移動し、瞳孔は縦長になっている。
そして、その「何か」は、床に広げた写真を見つめていた。
写真は、明らかに@ruins_seekerが撮影したものだった。廃墟の美しい構図、光と影の見事なコントラスト。
「何か」は、写真を一枚一枚、愛おしそうに撫でている。その仕草は、完全に人間のものだった。
翔太は、理解した。
これが、@ruins_seekerの成れの果てなのだと。
人間でも猫でもない、中間の存在。自我は残っているが、もはや人間には戻れない。時折、人間だった頃の記憶が蘇り、こうして自分の作品を見返しているのだろう。
「何か」が、ゆっくりと顔を上げた。
翔太と、目が合った。
縦長の瞳孔の奥に、かすかな知性の光。そして、深い悲しみ。
口が動く。声は出ないが、唇の動きで何を言っているかは分かった。
『に...げ...ろ』
次の瞬間、「何か」は四つ足になり、窓から飛び出していった。
まるで、翔太に見られたことで、人間性を保てなくなったかのように。
翔太は、事務室に入った。
床に散らばった写真を確認する。@ruins_seekerの作品であることは間違いない。
そして、写真の間に、一冊のノートが挟まれていた。
表紙には、震えるような文字で「記録」とだけ書かれている。
ノートを開く。
最初のページには、@ruins_seekerの几帳面な文字が並んでいた。
『3月17日 祢古町に到着。想像以上に保存状態の良い廃墟。 被写体として最高の環境。』
『3月18日住民を発見。しかし、様子がおかしい。 皆、猫のような動きをする。瞳孔も縦長。 だが、奇妙なことに、彼らは幸せそうだ。』
『3月19日 真実が分かった。この町の人々は、人間から猫へと「進化」している。 いや、進化というより「変化」か。 そして、恐ろしいことに、私も変化が始まっている。』
ページをめくる。文字が、次第に乱れていく。
『3月20日 もう、文字を書くのが難しい。指が... でも、記録を残さなければ。 変化は、「月の民」と呼ばれる存在によるもの。 彼らは、人間の「個」を消し去り、集団意識の一部にする。』
『名前が...思い出せない... 私は誰だった? 写真家...そう、写真を撮っていた...』
『猫の目を見てはいけない 見てしまったら、「個」が溶ける でも、もう遅い』
最後のページ。もはや文字とは呼べない、ぐちゃぐちゃな線の集まり。
その中に、かろうじて読める一文。
『しあわせ』
翔太は、ノートを閉じた。
これが真実か。
この町では、人間が猫に変化する。そして、変化した者は、個を失う代わりに、集団の幸福を得る。
だが、なぜ?どうやって?
そして、「月の民」とは何者なのか?
考えている暇はなかった。
廊下から、足音が聞こえてきた。
今度は、一つではない。
複数の足音が、フロントに向かって来ている。
二本足、四つ足、そしてその中間の奇妙なリズム。
翔太は、慌てて事務室を出た。
だが、もう遅い。
廊下の向こうに、「彼ら」の姿が見えた。