表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/91

第13話 記録されない影

「よし、ここで一旦、現状報告しておくか」


翔太は、比較的見通しの良い交差点で立ち止まった。四方を廃墟に囲まれているが、少なくとも退路は確保できる場所だ。


バックパックから三脚を取り出し、手際よく組み立てる。α6400をセットし、画角を調整。背景に廃墟の街並みが映り込むベストなポジションを探る。


「どうも、ゴーストハンターです」


カメラに向かって、いつもの調子で語りかける。誰も見ていないことは分かっている。だが、この「演技」が、正気を保つ唯一の方法だった。


「今、俺は祢古町の中心部と思われる場所にいます」


手振りを交えながら、周囲の様子を説明する。


「見てください、この異様な光景を。町全体が、時が止まったかのように...」


言葉を切る。


本当に、時が止まっているのかもしれない。いや、止まっているのではなく、別の時間が流れているような。過去と現在が混在し、生と死の境界が曖昧になったような。


「えー、これまでの探索で分かったことですが」


プロの配信者として、情報を整理して伝える。


「この町は、少なくとも数年前には既に廃墟化していたようです。しかし、奇妙なことに、生活の痕跡が新しい。まるで、つい最近まで人が住んでいたかのような...」


撮影しながら、ふと違和感を覚える。


ファインダーの端に、何かが映り込んでいるような。


いや、気のせいだ。集中しろ。


「失踪した人の行方は、まだ分かりません。しかし、必ず手がかりを見つけて...」


また、違和感。


今度は確実に、何かがフレームに入ってきている。背景の廃墟の、薬局の入り口あたりに。


撮影を続けながら、さりげなく視線を向ける。


何もいない。


暗い入り口があるだけ。


「...とにかく、調査を続けます。次は、個々の建物の内部を...」


言葉が止まる。


モニターに映る映像に、確実に「それ」がいた。


薬局の暗い入り口の中に、人影が立っている。逆光でシルエットになっているが、人の形をしているのは間違いない。


じっと、こちらを見ている。


翔太は、撮影を中断した。


薬局を振り返る。


誰もいない。


暗い入り口があるだけ。奥は真っ暗で何も見えない。


もう一度、カメラのモニターを確認する。


今撮ったばかりの映像を再生。早送りで、人影が映った部分を探す。


あった。


確かに、映っている。


コマ送りで確認。1フレーム、2フレーム、3フレーム...全部で7フレーム、約0.3秒間、確実に人影が映り込んでいる。


しかも、よく見ると、その人影は微妙に動いている。


最初は直立。次に少し前傾。そして、四つ足になりかけたような中途半端な姿勢。最後は、また直立。


まるで、人間と別の何かの間で、形を変えているような。


「撮れた...」


震え声で呟く。


これは、とんでもないものを撮影してしまった。心霊写真や心霊動画の比ではない。明確に、この町の「住人」の姿を捉えた。


恐怖と同時に、配信者としての興奮が湧き上がる。


これは、伝説になる。間違いなく、100万再生は行く。いや、もっとだ。テレビ局から取材が来るかもしれない。失った栄光を、すべて取り戻せる。


翔太は、意気込んで薬局に向かった。


もっと鮮明に撮影する。できれば、正体を突き止める。それが、配信者の使命だ。


薬局の前に立つ。


「猫田薬局」の看板が、風もないのにかすかに軋む音を立てる。


入り口の奥は、真っ暗。外の光が、1メートルも届かない。まるで、光を吸い込むブラックホールのような闇。


「おい、誰かいるのか!」


闇に向かって叫ぶ。


返事はない。


ただ、微かに、息遣いのような音が聞こえたような気がした。


いや、それは自分の呼吸音だ。緊張で、息が荒くなっている。


カメラを構え、録画ボタンを押す。


「ゴーストハンター、これより薬局内部に侵入する」


一歩、闇に足を踏み入れる。


その瞬間、全身の毛が逆立った。


温度が、10度は下がったような体感。そして、濃密な獣臭。いや、獣というより、もっと別の...人間と動物が混じったような、吐き気を催す臭い。


懐中電灯を点ける。


光の輪が、店内を照らし出す。


棚が整然と並んでいる。薬の箱が、埃を被ったまま陳列されている。床には、ガラスの破片が散乱。


そして、その床に。


無数の足跡。


四つ足の跡と、二本足の跡が、混沌と入り混じっている。まるで、ここで何かが踊り狂ったかのような、異様な模様を描いている。


さらに奥へ。


レジカウンターの向こうに、調剤室への扉が見える。半開きになっている。


近づくにつれて、臭いがきつくなる。


そして、音。


カリカリカリ...


何かを引っ掻くような音が、扉の向こうから聞こえてくる。


翔太は、震える手で扉に触れた。


ゆっくりと、押し開ける。


ギィィィ...


蝶番の軋む音が、静寂を切り裂く。


中を、懐中電灯で照らす。


調剤台、薬品棚、事務机...


そして、部屋の奥の壁一面に。


「なんだ...これ...」


爪痕。


無数の爪痕が、壁を覆い尽くしていた。まるで、何かが必死に脱出しようとしたかのような。いや、違う。よく見ると、それは無秩序な引っ掻き傷ではない。


文字だ。


爪で刻まれた、無数の文字。


『たすけて』

『にんげんにもどして』

『なまえをかえして』

『もういや』

『たべられたくない』


震えるひらがなの羅列。子供が書いたような、拙い文字。


だが、その位置がおかしい。


床から天井まで、壁一面に刻まれている。人間には届かない高さまで。まるで、壁を這い回りながら書いたような。


そして、最も新しいと思われる文字。


まだ、木屑が床に落ちている。つい最近刻まれたような。


『つぎはだれ』


翔太は、後ずさりした。


その時、背後で物音がした。


振り返る。


調剤室の扉が、完全に閉まっていた。


さっきまで半開きだったはずの扉が。


慌てて駆け寄り、ドアノブを回す。


回らない。


鍵がかかっている。内側から。


でも、この部屋には自分しかいない。


いや。


本当に、自分だけか?


翔太は、ゆっくりと室内を見回した。


薬品棚の影、調剤台の下、天井の梁...


どこかに、何かが潜んでいるような気がする。


いや、気がするではない。


確実に、いる。


息を殺して、じっと様子を窺っている何かが。


そして、それは。


もうすぐ、動き出す。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ