第12話 生きている廃墟
町の中心部へと続くメインストリート。かつては商店街だったのだろう。道の両側に、様々な店舗が並んでいる。
八百屋、魚屋、薬局、食堂、雑貨店、理髪店...
すべてが廃墟と化している。看板は色褪せ、文字は判読困難。シャッターは錆びつき、ガラスは割れている。壁には大きな亀裂が走り、屋根は崩れかけている。
「すげえな...」
翔太は感嘆とも恐怖ともつかない声を漏らす。
「町一つ、丸ごと廃墟かよ」
カメラを回しながら、ゆっくりと通りを進む。足音が、静寂を破って響く。
まず目に付いたのは、食堂だった。「三毛屋食堂」という看板が、辛うじて読める。ガラス戸は割れているが、中の様子が覗ける。
テーブルと椅子が、まだ並んでいる。埃を被っているが、配置は営業当時のまま。テーブルの上には、食器さえ残されている。まるで、食事の途中で時間が止まったかのように。
次は、薬局。「猫田薬局」。洒落たネーミングだ。ショーウィンドウは割れ、中の商品棚が見える。薬のパッケージが、色褪せたまま並んでいる。
そして、雑貨店、本屋、クリーニング店...
どの店も、同じような状態だった。完全に朽ち果てているわけではない。まるで、つい最近まで人が住んでいたかのような、微妙な生活感が残っている。
だが、それがかえって不気味だった。
廃墟は、完全に朽ち果てていれば、ただの抜け殻だ。だが、ここには「何か」が残っている。過去の営みの残滓以上の、もっと生々しい何か。
ふと、視線を感じて横を向く。
民家の軒先に、洗濯物が干されている。
「...え?」
近づいて確認する。
確かに洗濯物だ。シャツ、タオル、下着。だが、おかしい。色褪せてはいるが、朽ちていない。3年も5年も放置されたものには見えない。せいぜい、数週間といったところか。
風もないのに、洗濯物がかすかに揺れている。
いや、風がないからこそ、おかしい。
なぜ揺れている?
じっと見つめる。
揺れは止まった。まるで、見られていることに気づいて、慌てて動きを止めたかのように。
「...気のせいか」
翔太は、自分に言い聞かせて先へ進む。
次の角を曲がったところで、また異様な光景に出くわした。
道の真ん中に、子供用の三輪車が放置されている。
赤い車体、白いサドル、黄色いハンドル。原色のコントラストが妙に鮮やかだ。錆一つない。タイヤの空気も、パンパンに入っている。
まるで、つい先ほどまで、子供が乗り回していたかのような。
でも、子供などどこにもいない。
人の気配すらない。
あるのは、あの執拗な「視線」だけ。
翔太は、三輪車を避けて通り過ぎようとした。
その時。
キィィィィ...
背後で、車輪の軋む音がした。
振り返る。
三輪車が、数センチ動いていた。
ハンドルが、わずかに傾いている。まるで、誰かが乗って、方向を変えようとしたかのように。
「!」
翔太は、反射的に後ずさった。
カメラを構え、三輪車を撮影する。証拠を残さなければ。これは、やらせではない。本物の怪奇現象だ。
だが、カメラを向けている間、三輪車は微動だにしない。
ただの、古い玩具。
1分、2分、3分。
動かない。
諦めて、カメラを下ろした瞬間。
キィィィィ...
また、音がした。
素早くカメラを向ける。
だが、もう遅い。三輪車は既に動きを止めていた。
ただ、さっきとは明らかに向きが変わっている。
こちらを、向いている。