第11話 アーチの下で
15分ほど坂道を下ると、舗装された道路に出た。アスファルトは所々ひび割れ、雑草が顔を覗かせているが、まだ道路としての体を成している。
その先に、町の入り口を示すアーチが見えた。
錆びついた鉄骨で組まれたアーチ。かつては歓迎の言葉でも書かれていたのだろうが、今は赤茶色の錆に覆われ、判読不能。かろうじて「祢古町」の文字の痕跡が見て取れる。
アーチの前に立つ。
ここが、境界線。
この先は、人が消えた場所。常識が通用しない場所。地図にも存在しない場所。
翔太の中で、二つの感情がせめぎ合う。
恐怖は、今すぐ踵を返して逃げろと叫んでいる。本能が、これ以上進むなと警告している。
だが、配信者としての執念が、それを上回る。
ここで逃げたら、一生後悔する。いや、配信者として死んだも同然だ。20万人(本当は22万人だが)の登録者に、顔向けできない。
それに、既に5万回以上再生されている。今更「怖くなったので帰ります」なんて、許されない。
翔太は、スマートフォンを取り出した。電波は依然として圏外だが、録画は続いている。
「ゴーストハンター、これより祢古町に入る」
カメラに向かって宣言する。
「ここまで来て、ビビって帰るなんて選択肢はねえ」
強がりだ。本当は、膝が震えている。
「34人が消えた町の真実を、この目で確かめてやる」
深呼吸。
一歩、前に出る。
アーチの真下に立つ。
見上げると、鉄骨の隙間から空が見える。雲一つない青空。平和そのものの光景。
なのに、なぜこんなに不吉な予感がするのか。
もう一歩。
アーチをくぐる。
瞬間。
空気が、変わった。
温度や湿度が変化したわけではない。物理的には、何も変わっていないはずだ。
だが、確実に「何か」が違う。
空気の密度が増したような、粘性を持ったような感覚。呼吸をするたびに、肺に重いものが入ってくるような。
そして、音。
いや、音の不在。
さっきまでの森の静寂とは、質が違う。森では、注意深く聞けば、遠くで鳥の声や風の音がしていた。
だが、ここには本当に音がない。
完全なる無音。
自分の心臓の音と、血流の音だけが、やけに大きく聞こえる。
翔太は、もう後戻りできない場所に来てしまったことを、全身で理解した。