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6 デート再び

「陽奈から連絡があってさ」


 ぽかんとしている私に、蓮は気まずそうに頭を掻きながら説明してくれた。


「今日、具合が悪いらしくて、来れなくなったんだって」

「それで……なんで、蓮が?」


 そういうことなら、直接私に連絡してくれればいいのに。


 なおも納得できずにモヤモヤしていると、蓮はさらに驚くようなことを言ってのけた。


「ドタキャンで悪いからって、彼女は言ってた。そして代わりに、俺と麻利亜で映画観てくれって」


 映画館前の人の動きがあわただしくなった。


「あ、もうこんな時間か。もうはじまるな」


 スマホに視線を落とした蓮が、あわただしく私の腕をつかんだ。


「とにかく、行こうか」


 そして彼に引っ張られるまま、私は映画館へと吸い込まれていった。



     〇



 映画は、面白くもなければつまらなくもない、これと言って語ることのない平凡なものだった。


 映画館から出てきた私と蓮は、映画の感想で盛り上がることもなく言葉少なに並んで歩く。私より足の長い蓮は普通に歩いていると私より速い。その速度に置いていかれないように一生懸命足を回転させながら、私は彼についていく。


「じゃあ……これで」

「待って」


 蓮の言葉を遮るように、その腕をつかんだ。


「せっかくだからさぁ……」


 早歩きのせいで息が切れる。いったん言葉を切った私は、深呼吸してから彼を睨み上げて言った。


「一緒に、お茶、していこうよ」


 そして今度は私が、彼を引っ張るようにしてカフェのほうへと足を向けた。


 蓮が乗り気でないのはわかる。陽奈も、私がこんなことをしているのを知ったらあきれるかもしれない。私自身、今日は陽奈と過ごすつもりで、蓮が登場したことにびっくりしている。


 でも、このまま、びっくりしたまま蓮と別れたくはなかった。せっかく彼が来たのだから。大好きな雨の日に、大好きな人と二人きりになれたのだから。


 カフェで二人でお茶を飲み、そのあとは雨の公園を散策した。

 これは、あのデートの日の再現だった。

 陽奈なしでの、あの日の再現。もし、彼女があそこにいなかったら、私たちが過ごしていたであろうシーン。私があの日夢想した、私と蓮のデート。


 どんなに望んだだろう。どんなに想像しただろう。

 あの日もし、こうやって蓮と時を過ごすことができたなら。


 しかしどういうわけか、実際にかなえてみると、それは思っていたような甘美な気持ちを私に抱かせることはなかった。


「ごはん、おいしかったね」

「うん……」


 前回も行ったレストランで食事を終えた私は、わざと元気よく蓮に話しかける。しかし彼からの反応は昼からとかわらず、そっけない。


「私、いちど食べてみたかったんだー、ここのシチュー。もう、満足」

「そうか、よかったな」


 それでも私は、彼からの笑顔が欲しくて、一生懸命話しかける。


「このお店って、コーヒーもおいしいよね」

「あのさ、麻利亜」

「なあに」


 無邪気を装って微笑んで見せたが、言葉の最後が震えるのが分かった。


「そろそろ、かえろうか」

「……うん」


 そう、返事をしながらも、私は立ち上がることができなかった。視線をコーヒーに落とし、膝に乗せた手を握り締める。


 本当は、このコーヒー、嫌いなんだ。


 あの日の記憶の苦さを思い出しながら、私は胸の中でひとりごちる。


 わかっていた。今日、彼が私と過ごすのに乗り気でないこと。一緒にいても心ここにあらずで、いつもどこか遠くを見ていること。その視線の先にいるのは陽奈であるということ。


 ふたりでいるのに、まるで一人ぼっちのような気分だった。デートのつもりで時を過ごせば過ごすほど、私は惨めな気持ちになった。思い知らされてしまう。彼の心に私はいないのだと。


 やさしい蓮は何も言わず、嫌な顔もせずに私に付き合ってくれたけれど、私の望んでいたことはそんな同情ではなかった。


 陽奈から奪おうだなんて思っていない。ただ、ほんの一ミリでいい。ほんの少しだけ、振り向いてほしかっただけなのに。


「陽奈って、いい子だよね」


 少しでも蓮をとどめたい無様な私は、未練がましく陽奈の名を出した。


 立ち上がりかけていた蓮が再び腰をおろす。その表情がたちまち陽の光に当てられたように明るくなった。


「ああ、ひなっちは、本当に素敵な子だよ。憧れてるんだ」


 ひなっち……そんなあだ名で、呼んでるんだ。


「憧れ? 好きなんじゃないの」

「好きだよ、もちろん。でも、ただの好きともちょっと違うな。好きだし、憧れてるし、尊敬してるんだ」

「なにそれ。じゃあ、告白は『尊敬してます』とか言ったの? おかしいね」

「告白は、してないよ」 


 そして少し頬を紅くして、蓮ははにかむように目を伏せる。


「できないな。恥ずかしくて。まぶしくて。彼女を前にすると、その勇気が出ないんだ」


 陽奈を語るその表情、口調、まとう雰囲気からひしひしと感じる。私は思わず、ため息のようにこぼしてしまう。


「つまり君は……本当に、陽奈のことが好きなんだね」

「ああ、好きだ。好きという言葉じゃ、言い切れない」


 まっすぐに私を見つめて言い切った、その瞳は、秋の空のように澄んでいた。


「彼女を愛してるんだ。心から」



     〇



 デートの翌日も翌々日も、陽奈は学校を休んだ。


 彼女がやっと教室に姿を現したのは、終業式の日だった。


 放課後、いつものように黒板の前に集まった女子生徒たちが、ワイワイと談笑している。その中心に久しぶりに身を置く陽奈の様子にも、以前と変わったところはない。何事もなかったかのように、おしゃべりし、笑う。しかしその光景を眺める私の胸の内は、穏やかではいられなかった。


 いつもならすごすごと教室から逃げ出すのだが、今日は違う。聞かせてもらわなければならない。


 席から勢い良く立ち上がった私は、陽奈を見据えながら、まっすぐに彼女のもとへと歩み寄っていった。女子生徒たちが急に静まり、息をのむ。私の前に道があく。自分に注がれる視線には見向きもせずに、陽奈の前に立つ。


「ねえ、陽奈ちゃん。ちょっとききたいことがあるのよ」


 私はそう言って、彼女の腕をつかんで引いた。


 屋上には焦げ付くように熱い日差しと、耳を覆いたくなるほどの蝉時雨が降り注いていた。


「もぉ、びっくりしちゃったよ。突然つれだすんだもん」

「ごめん……。うで、痛くなかった?」


 いきなり腕をつかんだりして、怒っていないかと心配したが、陽奈は何でもないという風に笑ってくれた。


「全然。それよりこっちこそごめんね。映画、ドタキャンしちゃったこと」

「そのことなんだけどさ……」


 私は一瞬躊躇した。ここで、何事もなかったように流すこともできる。「いいよ。今度またね」と言えば、このまま陽奈と仲良くやっていけそうな気がした。無理に聞こうとすれば、この関係が壊れてしまうかもしれない。せっかく友達になれそうなのに、失ってしまうかもしれない。


 でも、聞かないわけにはいかなかった。聞かずに、友達でいることなど自分に許すことはできなかった。ほかならぬ蓮のことを、うやむやにしておくことはできない。


「なんであの日……蓮をよこしたの?」


 私が意を決して聞くと、陽奈は「あー」と困ったように口を開けて、空を見上げた。


「よかれと思ったんだけど。ごめん。だめだったかな」

「そりゃ、だめだよ。だって、陽奈ちゃんは蓮と付き合ってるんでしょ? なのになんで、あんなこと……。女子との約束に、自分の恋人をよこすなんて、驚いちゃって」

「そっかぁ。喜んでもらえなかったかぁ。まりちゃんへのサプライズのつもりだったんだけどね」

「……どういうこと?」


 突然、陽奈の口からとんでもないセリフが漏れた。


「まりちゃんに、あげようと思ったんだ」

「なにを……言ってるの?」

「ああ、もう。にぶいね。じゃあもう、しょうがない。隠してるのも面倒になったから、洗いざらい話すよ」


 そう言って陽奈は、私を見て笑った。一瞬、陽が陰ったような気がした。別人のような表情だった。口の端をゆがめるようにしたその笑みは、今まで見たことがないような、薄気味の悪いものだった。

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