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9 鏡太朗とさくら、それぞれの危機

「待てーっ! 幽霊ーっ!」

 さくらは、毛ばたきに跨って飛ぶ七人の小魔女に追われながら、校舎の一階の廊下を飛んでいた。紫色の髪の小魔女が望遠鏡でさくらの姿を確認して、橙色、黄色、緑、青、藍色の髪の五人の小魔女に指示をしており、赤い髪の小魔女は魔法の掃除機を持って六人を追いかけていた。

『この子たちのスピード、速過ぎる! 逃げ切れない!』

 焦りの表情を浮かべるさくらは、廊下の突き当たりに追い詰められた。さくらが横を見ると、そこには二階に続く階段があった。

「幽霊は壁の前に立ってる! 光線を撃てーっ!」

 紫色の髪の小魔女の号令が廊下に響き、髪の色が橙色、黄色、緑、青、藍色の五人の小魔女が跨る毛ばたきの先の羽毛が、羽毛と同じ色の光に包まれると、その光がさくらに向かって一斉に放射された。

 さくらは光線を避けて上昇すると、天井に吸い込まれるように消えていき、光線は壁に当たって消え去った。

『天井と床を通り抜ければ、階段の上を飛ぶあの子たちよりも早く四階に着くはず!』

 さくらは天井と床、廊下を次々と通り抜けて上昇し、四階の廊下に到着した。

「え? そ、そんな!」

 さくらの目の前では、毛ばたきに跨って宙に浮く七人の小魔女が二列になって待ち構えており、前列で並ぶ橙色、黄色、緑、青、藍色の髪の五人の小魔女の毛ばたきの先端が光に包まれていた。橙色の髪と緑の髪の小魔女が口々に言った。

「幽霊って飛ぶのが遅いなぁ!」

「これなら幽霊退治は楽勝だねーっ!」

「よーしっ、幽霊は真ん前にいる! 撃てーっ!」

 紫色の髪の小魔女の号令で、五色の光線がさくらに向けて一斉に放射された。


「さくらーっ!」

 もみじが、現世之可我見(うつしよのかがみ)に映し出されたさくらの姿に向かって叫んだ。運転席に座るもみじの隣では、助手席に置かれたスマートフォンが七時十分を表示していた。


 グラウンドでは、鏡太朗が隣を浮遊するライカに自分の考えを伝えていた。 

「ライちゃん、作戦を変更しよう。この怪物は倒すのが難しい。だから、怪物の足元にある人形を奪って逃げよう」

「逃げるじゃと? ……まあ、しゃあないか。じゃが、わしにはあんな大荷物は運べんぞ。わしがおとりになっちゃるから、お前はその隙に人形の袋を奪って逃げるんじゃ」

「わかった。よろしくね、ライちゃん」

「こらーっ、土人形! お前の攻撃はわしには当たらんぞ! このわしにお前の攻撃を当ててみい!」

 ライカは再び叫びながらゴーレムに向かって飛んで行き、ゴーレムの土の塊の連射をかわしていった。鏡太朗は霹靂之大麻(へきれきのおおぬさ)を制服の背中の部分に差し込み、身を低くしながら、ゴーレムの背後から人形が入った麻袋に近づいていった。


『よし、気づかれずに袋に到達したぞ!』

 上空を飛び回るライカに向けて土の塊を放ち続けるゴーレムの足元で、鏡太朗は大きな麻袋の先を肩に担いだ。

 ドザッ!

 鏡太朗は麻袋の下敷きになって倒れた。

『お、重過ぎる……。こんな重い袋を奪って逃げるのは無理だ……』

 物音に気づいたゴーレムは、目のない顔を足元で倒れている鏡太朗に向け、鏡太朗の様子を見たライカは怒鳴り声を上げた。

「ア、アホーッ! 作戦が台無しじゃーっ!」

「こんなに重いとは思わなかったんだ……」

 袋の下で押しつぶされている鏡太朗が、身動きできないまま諦め顔で言った。

「オ前ハ任務ノ邪魔ダ。排除スル!」

 ゴーレムは鏡太朗を麻袋ごと右足で蹴り上げた。

「ぐおっ!」

 麻袋から飛び出た無数の人形が宙を舞う中、鏡太朗は空中を十メートル以上吹き飛んでいった。

「鏡太朗ーっ!」

 鏡太朗の方を振り向いて叫んだライカの胴体の左側に、ゴーレムが放った土の塊が命中した。

「ぎゃあああああああっ!」

 ライカは空中を数メートル吹き飛ぶと、力なく地面に落下した。

「ライちゃん!」

 鏡太朗は地面から上体を起こして叫んだ。

 ゴーレムは両拳を挙げると、地面に倒れて動かないライカに狙いを定めた。


 その頃、さくらは小魔女たちの毛ばたきから放射された光線を避けるため、窓を通り抜けて校舎の外に逃げ出し、校舎屋上の上方に移動していた。さくらの顔には明らかな焦りが見られた。

『これじゃあ、いつまで経っても魔女の帽子に近づけない。どうしよう……』

 校舎の四階の廊下では、紫色の髪の小魔女が、天井に向けた望遠鏡を覗き込みながら不敵な笑みを浮かべていた。

「幽霊、それで隠れたつもり? この望遠鏡はあんたに焦点を合わせると、天井とか、壁とか、間にあるものは全部透けて、あんたのことが見えちゃうんだから! どこに隠れてもあんたの姿は丸見えなのよ」

「どうする? 外に出て追いかける?」

「ふっふっふっ。魔女エカテリーナ様の持ち物には、こんな魔法グッズもあったんだよ。じゃーん、『壁抜け幽霊カクホ』!」

 紫色の小魔女は、ドレスの背中の部分から二本のロケット花火を右手で取り出すと、他の小魔女たちに得意げに見せた。

「えーっ、何それ? それを使うとどうなるの?」

「まあ、見てなって」

 紫色の髪の小魔女は自信たっぷりにそう言うと、左手で持った望遠鏡を覗きながら、右手に持った二本のロケット花火の先を天井の向こう側のさくらに向けた。

「バン! バン!」

 紫色の髪の小魔女が爆発音のような呪文を口にすると、ロケット花火は上に向かって飛んで行き、天井の中に吸い込まれるように消えていった。小魔女が覗く望遠鏡の中では、天井を通り抜けた二本のロケット花火が、さくらを飛び越えて上昇する様子が見えた。

「ドドーン! ドドーン!」

 紫色の髪の小魔女が花火の炸裂音のような呪文を唱えると、ロケット花火がさくらの少し上で爆発し、黄色い光の線が放射状に広がった。

「な、何これ? きゃああああっ!」

 黄色い光の線はさくらに向かって一斉に伸びていき、次々と体に巻きついていった。さくらは首から下を光の線でグルグル巻きにされると、天井を通り抜けて四階の廊下で待つ小魔女たちの前に落下し、床に転がった。

「凄い! 光の線のグルグルしか見えないけど、この中に幽霊がいるの?」

「この望遠鏡で見ると、グルグル巻きになった幽霊の哀れな顔が見えているよ。さあ、魔法の掃除機で吸い取っちゃいな!」

 赤い髪の小魔女は毛ばたきを降りると、魔法の掃除機を手にしながら、光の線に巻きつかれて身動きできないさくらに近づいて行った。

『逃げられない!』

 さくらは両目を見開き、ニヤニヤ笑いながら近づいてくる赤い髪の小魔女が持つ赤い掃除機を緊張の面持ちで凝視した。


「さくらーっ!」

 もみじが現世之可我見(うつしよのかがみ)に向かって叫んだ時、助手席のスマートフォンは七時十三分を表示していた。


土塊(ドカイ)連射!」

 地面に倒れているライカに向かって、ゴーレムの両手の先から土の塊が次々と放たれた。

「ぐわあああああああああああああああああっ!」

 グラウンドに鏡太朗の絶叫が響いた。

 ライカを狙って連射された土の塊は、ライカを抱えてうずくまった鏡太朗が背中で受けており、その背中には土の塊が止むことなく激しく衝突していた。ライカは思いがけない鏡太朗の行動に動揺しながら、鏡太朗に向かって叫んだ。

「こ、こら、鏡太朗! 離せ! お、お前なんかに助けられたくないんじゃ!」

 土の塊はなおも激しく鏡太朗の背中を打ち続けていた。

「ぜ、絶対に、離すもんかああああああああああああああっ! がはっ!」

 鏡太朗は叫んだ直後に口から血を吐き出し、ライカは愕然とした。体が小さくなったゴーレムは、攻撃を中断して両手で腹部に土の補充を始めた。

「お、お前、血が……。何でじゃ? 何で、そこまでしてわしのことを……」

「ライちゃん、ごめんね。人間がライちゃんとライちゃんのお母さんに酷いことをして……。謝って済むことじゃないけど、本当にごめん……」

 鏡太朗は、悲痛な表情で目に涙を浮かべていた。

「べ、べ、別にお前にされた訳じゃないわ!」

「そうだけど……、でも、ごめん……。それに、まだ小さかった時のライちゃんがそんな辛い目に遭ったなんて、俺、とても悲しくて……、何もできない自分が悔しくて……、悔しくて……」

 鏡太朗の両目から溢れ出た大粒の涙を見て、ライカの目が大きく見開いた。

「な、何でわしのために泣いとんのじゃああああああああああっ!」

 そう叫んだライカの目の奥で何かが光った。


 鏡太朗の頭の中に、両親に連れられて神社を訪れた幼少時の光景が蘇った。

『これは俺が初めて雷鳴轟之(らいめいとどろきの)神社に行った時だ。あれは十年前……』 

 神社の本殿に紫色の袴を穿いた神主姿のさくらの父のかしわと、緋色の袴の巫女姿の母の月夜(げつよ)が正座しており、向かい合って五歳の鏡太朗とその両親が正座していたが、鏡太朗の右隣には誰も使用していない座布団が一つ置かれていた。鏡太朗の両親はごく普通の見た目をした三十歳前後の男女で、鏡太朗の父が最初に口を開いた。

「一人息子の鏡太朗は、物心ついた頃から一人で誰かと話をすることがありましたが、最近では私たちには見えない友達がいつも一緒にいると言うんです。この神社ではどんな霊でも祓えるという噂を聞きました。どうか息子を助けてください」

「鏡太朗くん、鏡ちゃんと呼ばせていただきますね。鏡ちゃんと一緒にいるお友達は悪い霊ではありませんよ。鏡ちゃんと同じくらいの年頃の男の子です」

 かしわは、鏡太朗の右隣の誰も座っていない座布団の上の方に向かって優しく語りかけた。

「……そうなんだ。君はお友達が欲しくて鏡ちゃんと一緒にいるんだね。でも君自身のために、君がいるべき世界に行かなくちゃならないんだよ。鏡ちゃんとお別れができたら、君がいるべき世界の方から光で導いてくれる。さあ、行っておいで」

 かしわが二本の指で空中に何かの模様を描き、小声で何かを呟くと、本殿の隣に雷が落ちて鏡太朗と両親は驚きの声を上げた。鏡太朗の父がかしわに言った。

「びっくりしました! 外はあんなに晴れていたのに」

「鏡ちゃんのお父さん、お母さん、霊は鏡ちゃんから離れて黄泉の国へ旅立ちましたよ。雷には霊を祓う力があると言われているんです。神社にあるジグザグの形の紙……紙垂(しで)と言うんですが、あれは雷を象ったものなんですよ」

 鏡太朗が突然大声で泣き出したため、大人たちは驚き、月夜(げつよ)が優しく声をかけた。

「どうしたの、鏡ちゃん?」

「だって、あの子、ずっと、ずっと一人で寂しかったって言ってたんだ。ずっと長い間、誰かと一緒にいても、誰かに声をかけても、誰もあの子がいることに気がつかなかったんだよ。

 あの子がいることに初めて気づいたのが僕なんだ。初めてあの子とお話ができたのも僕なんだ。だから、あの子は僕のことをたった一人の友達だって言ってたんだよ。このままじゃあ、あの子、また一人ぼっちになっちゃう……。そんなのかわいそうだよ!」

 鏡太朗は涙を流し続け、体を震わせながらかしわに訴えた。

「お願いだよ……。これ以上、あの子に寂しい思いをさせないで。お願いだから、お願いだから……、あの子をもう一人ぼっちにしないでえええええええええっ!」

 鏡太朗は叫び声を上げた後も泣き続け、かしわは鏡太朗に優しい笑顔を向けた。

「鏡ちゃんは優しいね。大丈夫。あの子は、お友達がいっぱいいる場所に行ったんだよ。そこでは、みんながあの子がいることがちゃんとわかって、お話もできて、仲良くできるんだよ」

「本当?」

 鏡太朗は泣き顔を上げてかしわを見つめた。かしわは穏やかな笑顔で頷くと、鏡太朗の両親に真剣な表情を向けた。

「鏡ちゃんのお父さん、お母さん。きっと鏡ちゃんは、これからもたくさんの霊に取り憑かれ続けるでしょう」

「そ、そんな……」

 鏡太朗の両親は、かしわの言葉に愕然とした。

「鏡ちゃんは人一倍優しい。寂しさや悲しみに囚われながらこの世を彷徨っている霊にとって、鏡ちゃんが持っている優しい波動は心が癒されて、鏡ちゃんの隣はとても居心地がいいことでしょう。そして、人のために本気で泣いてくれる鏡ちゃんなら、辛い気持ちを抱えてこの世を彷徨い続ける自分のことを、いつの日かきっと救ってくれると霊たちは希望を持つことでしょう。鏡ちゃんはその優しさで、これからも次々と霊を引き寄せ続けることでしょう」

 鏡太朗の母が、すがるような表情でかしわに訊いた。

「な、何とかならないんですか?」

 かしわは泣き止んだ鏡太朗に優しく声をかけた。

「鏡ちゃん、おじさんはね、鏡ちゃんには、大人になっても、人のために本気で涙を流せる優しい人のままでいて欲しいって思うんだ。ずっと変わらずに、今のままの鏡ちゃんでいて欲しい。それって、とても素敵なことなんだよ」

 鏡太朗の父は、かしわに突き放されたように感じながら言った。

「そ、そんな……。それだと息子は一生霊に取り憑かれて……」

「大丈夫ですよ。息子さんに憑いた霊は私が祓って差し上げます。お金もいりません。きっと鏡ちゃんは、たくさんの人を幸せにする素敵な大人になりますよ」

 かしわは満足そうな笑顔で語ったが、鏡太朗の両親は納得ができず、鏡太朗の父がかしわに食い下がった。

「ですが……」

「さくら! 柱の陰に隠れているよね?」

 かしわは鏡太朗の両親に顔を向けたまま、背後の本殿中央にある太い円柱に向かって声をかけた。

「へへへっ……。ばれちゃった」

 柱の後ろから、巫女の扮装をして髪には桜のヘアクリップをつけたさくらが姿を現し、鏡太朗はさくらの輝くような笑顔に視線が釘づけになって頬を赤くした。かしわは振り返ると、柔和な笑顔でさくらに言った。

「さくら、鏡ちゃんと外で遊んでいてくれるかな? お父さんたちは大切なお話があるから」

「わかった! 行こう、鏡ちゃん! うちの神社の裏は凄いんだよっ!」

 さくらはにっこり笑って鏡太朗の隣まで来ると、鏡太朗の右手をとった。鏡太朗は立ち上がり、右手を引っ張られながらさくらについて行った。さくらは楽しそうに鏡太朗に話しかけていたが、鏡太朗は恥ずかしそうに俯き、その顔は耳まで真っ赤になっていた。


「ぐわああああああああああっ!」

 グラウンドでは、ライカを胸に抱えて逃げる鏡太朗の背中や腰に、土の塊が次々と激突していた。それでも、鏡太朗はライカを胸に抱えながらよろよろと走った。

「うっ!」

 鏡太朗は後頭部に土の塊の直撃を受けると、目を見開いて両膝をつき、ライカは驚いて鏡太朗の顔を見上げた。

「鏡太朗!」

『意識が遠くなっていく……。さくらのお父さん……、俺、あなたが言ってくれたような大人に……近づけて……いますか?』

 鏡太朗はライカを抱えたまま、顔から地面に倒れ込んだ。

「鏡太朗ーっ!」

 すっかり暗くなったグラウンドに、ライカの叫び声が響いた。

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