表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/20

8 鏡太朗とさくら、それぞれのミッション

「うーん、この部屋はどうも狭っ苦しいねぇ。アタシの魔力で空間を広げるか」

 箒で囲まれている魔女が、教室を見渡しながら独り言を言った。魔女が指を鳴らすと、教室の奥行きと高さが十倍に広がった。黒板や窓、天井の照明器具などの建物に付属している物は一緒にサイズが大きくなったが、教室の中に置いてある机や椅子、ロッカーなどは大きさが変わらなかった。

「広さはこんなモンか。お次はベッドだよ」

 魔女が指を鳴らすと、アンティーク調の大きな天蓋付きのベッドが黒板の前に現れた。

 魔女は帽子を脱いで中に手を入れると、帽子の中に納まっていたとは考えられない大型の古い革製のトランクを取り出した。再び帽子をかぶった魔女はトランクを開けると、中から古びた革表紙の本を取り出し、十歳くらいの小魔女七人の絵が描かれたページを開いた。

「アタシが魔法の本でつくり出した小魔女たち、出ておいで。お前たちの出番だよ」

「はーい、魔女エカテリーナ様!」

 本の中から女の子たちの声が聞こえたかと思うと、小魔女の絵が本の中から飛び出して実物の姿になった。小魔女たちは魔女と同じ髪型と服装で、身長と同じ長さの毛ばたきを手にしていた。七人の小魔女たちは、皆そっくりな可愛らしい顔をしていたが、髪の色は一人一人違っていて、その色は、赤、橙色、黄色、緑、青、藍色、紫色の虹を構成する七色と一致していた。また、瞳の色と、毛ばたきの上についている大きな羽毛の色は、それぞれの髪の色と同じだった。

「小魔女たち、アタシはこれから寝るからね、しっかり見張りをするんだよ」 

「はーい、魔女エカテリーナ様!」

 七人の小魔女は一斉に答えた。


 もみじが運転するSUV車が学校の前の道路に到着し、もみじは車のエンジンを停止した。その時、生徒玄関の方から誰かの声が聞こえてきた。

「ゴーレムよ、これで全部じゃな」

 薄暗い学校の生徒玄関の前には、小さな人影と何かを肩に担いでいる巨大な人影が一つずつ立っていた。

「古より雷を司りし天翔(あまかける)迅雷之命(じんらいのみこと)よ! この現世之可我見(うつしよのかがみ)に宿りし御力(みちから)を解き放ち給え! 遠可見得看給(とおかみえみため)!」

 車の運転席に座っているもみじが現世之可我見(うつしよのかがみ)に玄関の様子を映し出すと、その人影がグノーシスと肩に大きな麻袋を担いでいるゴーレムの姿であることが判別できた。鏡太朗とさくら、ライカも、後部座席から現世之可我見(うつしよのかがみ)を覗き込んだ。

『ゴーレムよ、私はもう疲れたのじゃ。歳かのう? その袋の中の人形の処分はお前に任せたぞ。地面を深く掘って埋めるのじゃ。私はそこの土の中に潜って眠ることにしよう』

 そう言い残すと、グノーシスは玄関横の花壇に移動してモグラのように土の中に潜っていき、間もなく土の奥深くに姿を消した。ゴーレムは身動きせずにその様子を見届けると、グラウンドに向かって歩き始めた。

「もみじさん、さくら、行ってくるよ」

「鏡太朗、お前、わしの邪魔はするなよ。大人しくわしの活躍を見ているんじゃ」

「鏡ちゃん、ライちゃん、気をつけてね!」

 霹靂之大麻(へきれきのおおぬさ)を手にした鏡太朗とその隣で宙に浮くライカは、振り返って車の後部座席のさくらに笑顔を見せると、グラウンドに向かって進んでいった。

「さて、教室の中はどうなってる?」

 もみじが現世之可我見(うつしよのかがみ)を見ると、そこに映し出された教室は広い空間に変わっていた。大きな黒板の手前には天蓋付きのベッドが置かれ、その周囲を箒たちが直立して囲んでいた。

「校舎の外からは教室の大きさが変わったようには見えねーのに、教室内部が広くなっている。これは建物を変化させたのではなく、空間を変化させたのか? 奇妙な術だな」

 直立する十本の箒の外側では、七人の小魔女が外側を向いて立っていた。

「この子たち……警備役か?」


「じゃあ、おねーちゃん、行ってくるね。古より月を司りし月光(つきみつ)照之命(てらすのみこと)よ! その御力(みちから)を我が魂に宿し給え! 離魂之術!」

 後部座席に座っていたさくらは両目をつぶってそう言うと、意識を失ったかのように頭が力なく前に垂れ、さくらの体の中からさくらの魂が姿を現した。さくらの魂はさくらの体と全く同じ姿形で、同じように学校の制服を着ていた。

 もみじは手にしたスマートフォンで今の時刻を確認した。

「さくら、今、ちょうど七時二分になった。七時十七分までに戻らなかったら、あたしは正面から教室に突入するからな」


「あーあ、退屈……」

 ベッドを囲んで立っている黄色い髪の小魔女が大きな欠伸をしながら言うと、赤い髪の小魔女が同調した。

「だよねーっ!」

「ふっふっふっ! あたちは面白い物を見つけたよ! じゃーんっ!」

 いつの間にか、紫色の髪の小魔女はベッドの横にある魔女のトランクを開けて中を漁っており、得意げな表情でトランクから望遠鏡を取り出した。それを見た青い髪の小魔女が、紫色の髪の小魔女に注意した。

「あー、魔女エカテリーナ様の持ち物を勝手にいじったら、後で怒られるよ!」

「へーき、へーき! 後でこっそり戻しておくから。それより、この望遠鏡って何だと思う? 魔女エカテリーナ様は魔力を使って魔法グッズをつくる時、使い方を忘れないように説明書も一緒につくるでしょ? 今読んだこの魔法グッズの説明書によると、何と、幽霊の姿を見ることができる望遠鏡なんだって!」

「えーっ! 凄い! 凄い! あたちにも見せて! 見せて!」

 黄色い髪の小魔女が、望遠鏡の話に即座に食いついた。

「幽霊を見てみたいなあ。どこかに幽霊いないかなあ? ねえ外を見てみようよ」

 紫色の髪の小魔女を注意した青い髪の小魔女も、望遠鏡と幽霊に興味津々で、望遠鏡で外を見ることを他の小魔女たちに提案した。


「行ってきまーす!」

 車のドアを通り抜けて外に立っていたさくらは、ふわりと宙に浮き上がった。

「ま、待て、さくら! 今はまずい!」

 現世之可我見(うつしよのかがみ)で小魔女たちのやり取りを見ていたもみじは、慌ててさくらを呼び戻そうとしたが、さくらは全く気づかずに校舎の隣を上昇していった。さくらは思い詰めた表情で、四階にある一年一組の教室の窓を目指していた。

『あたしが鏡ちゃんにあんなことを言わなければ、こんなことにならなかった。全部あたしのせいだ! でも、優しい鏡ちゃんは、全部自分一人の責任だって言うに決まっている! 鏡ちゃんにそんなことを言わせるわけにはいかない! あたしが絶対にみんなを助けるんだ!』


 さくらが一年一組の教室の窓から中に入ろうとした時、教室の内側からこちらに向けられた望遠鏡を覗く目と目が合った。

 校舎の外側からは、七人の小魔女が窓の内側に並んで外を眺めているように見えていたが、教室の内側では、七人の小魔女たちは巨大化した窓の内側で毛ばたきに跨って浮遊しており、紫色の髪の小魔女が望遠鏡で外を眺めていた。

「あ! 幽霊発見!」

「えーっ? 何も見えないよぉ!」

「あたちにもその望遠鏡を見せて! 見せて!」

 教室の中で騒ぐ小魔女たちの声を背に、さくらは急降下して一階の教室の窓を通り抜けて校舎に侵入した。


「幽霊がこの建物の中に入ったよ!」

「よーしっ、これから幽霊を捕まえよう!」

「えーっ、面白そう! どうやるの?」

「幽霊は魂だけの存在なのよ。物知りでしょ? エッヘン! だから魔法の掃除機で吸い取っちゃおう!」

 紫色の髪の小魔女が自慢げに言った。

「でも、捕まえられるかなあ?」

「この毛ばたきを使うんだよ。この毛ばたきから出す光線に当たった人間は、魂が光になって体から出てくるでしょ? その時、その人間は体も魂も動けなくなるでしょ? だから魂だけの存在の幽霊も、光になって動けなくなるんだよ」

 紫色の髪の小魔女がそう言うと、他の小魔女たちはワクワクした表情を見せた。

「そこを魔法の掃除機で吸い取っちゃうのね? 面白そーっ!」

「よーし! 幽霊退治に出発だーっ!」

「おーっ!」

 紫色の小魔女の掛け声に、他の小魔女たちは右の拳を突き上げながら満面の笑顔で応えた。


 車の中では、小魔女たちの会話を聞いたもみじが沈痛な面持ちをしていた。

『さくら、頼むから無事でいてくれ……』


 薄暗いグラウンドの中央では、ゴーレムが両手で地面に穴を掘っていた。地面から掻き出された土は穴の周囲に盛られていき、ゴーレムの踵の後方には、人形の入った大きな麻袋が置かれていた。

 鏡太朗とライカは、ゴーレムの背後二十メートルまで接近していた。鏡太朗は小声でライカに言った。

「ライちゃん、どうする? まず、人形が入ったあの袋を奪わないと……」

「アホ! これは闘いじゃ! 闘いは先手必勝じゃ!」

 鏡太朗の隣で浮遊するライカは、両前足の前にソフトボール大の雷玉を出現させた。

「食らえええっ! 雷玉じゃああああああっ!」

 ライカが轟音とともに放った雷玉はゴーレムを直撃し、雷が飛び散った。しかし、ゴーレムは何もなかったかのように立ち上がって鏡太朗たちの方を向くと、両腕を挙げて左右の拳をそれぞれ鏡太朗とライカに向けた。

「任務ヲ邪魔スル者ハ、排除スル。土塊(ドカイ)!」

 ドドドドドドドドッ!

 バレーボールほどの大きさのゴーレムの左右の拳が手首を離れて高速で飛び出し、手首からは瞬時に新しい拳が生えて、機関銃の弾丸のように次々と拳の形の土の塊が発射された。ライカは空中を旋回してそれを避け、鏡太朗は地面を走り回ってそれを避けた。

「うがああああああっ!」

 土の塊が鏡太朗の腹部を直撃し、鏡太朗は数メートル吹き飛んだ後で地面の上を転がり、苦しみ悶えながら呻き声を上げた。

『く、苦しい……。この土の塊、とても硬くて、とんでもなく衝撃が重い……』

 ゴーレムの土の塊の連射が止み、鏡太朗が上体を起こしてゴーレムの様子を見ると、ゴーレムは体の大きさが二回りくらい小さくなっていた。ゴーレムは地面に膝をつくと、その腹部が口のように大きく開き、両手で周囲の土をすくって次々と腹の中に入れていった。すると、次第にゴーレムの姿が大きくなっていき、やがて元通りの大きさに戻った。

「土ノ補充完了!」

「何じゃ? こいつ、土でできている自分の体の一部をぶっ放して攻撃するんじゃな。攻撃を続けると体が小さくなるんで、体の材料の土を補充するんじゃ。奇怪な奴じゃな!」

 ライカは冷静にゴーレムの行動を分析していたが、その隣では、鏡太朗がひどく動揺していた。

「そ、それより、この怪物は雷が効かないみたいだよ……。もみじさんに借りたこの神器だって雷を出すんでしょ? この怪物は倒せないんじゃあ……」

「ごちゃごちゃ言うな! やってみる前に諦めるな! まずはその霹靂之大麻(へきれきのおおぬさ)を使ってみたらどうなんじゃ?」

 鏡太朗は、ライカの言葉を聞いて落ち着きを取り戻した。

「そ、そうだね……。うん、ライちゃんの言う通りだ! よし、やってみよう!」

霹靂之大麻(へきれきのおおぬさ)は先っちょを相手に当てないと術が発動しないって、もみじが言ってたな。しゃあないから、わしがおとりになっちゃるわ! その隙にあいつに近づいて、霹靂之大麻(へきれきのおおぬさ)をぶっ放すんじゃ! いいか?」

「わかったよ、ライちゃん!」

 鏡太朗の両目は再び力を取り戻した。

「こらーっ、土の人形! わしと差しで勝負せい!」

 ライカはゴーレムに向かって叫びながら飛んで行くと、次々と雷玉を放ったが、ゴーレムはどれだけ雷玉が直撃しても平然としており、ライカに向けて両手から土の塊を連続して放った。ライカは宙を舞って土の塊をかわしながら、雷玉を放ち続けた。

 鏡太朗はその間にゴーレムの後方に移動すると、ゴーレム目がけて突進した。

『もみじさんは言っていた。この神器を発動するには強い想いが必要だって。俺はみんなを助けたい! おとりになってくれているライちゃんの想いに応えたい!』

 鏡太朗はゴーレムの背中を目指して全力で駆けながら、力強く叫んだ。

「古より雷を司りし天翔(あまかける)迅雷之命(じんらいのみこと)よ! この霹靂之大麻(へきれきのおおぬさ)に宿りし御力(みちから)を解き放ち給え!」

 鏡太朗が右手に持つ霹靂之大麻(へきれきのおおぬさ)紙垂(しで)が一斉に逆立ち、鏡太朗は、身長百八十センチほどまで小さくなったゴーレムの背中に霹靂之大麻(へきれきのおおぬさ)を突き当てながら叫んだ。

天地鳴動(てんちめいどう)日輪如(にちりんのごとき)稲妻(いなずま)!」


「え?」

 霹靂之大麻(へきれきのおおぬさ)は何も発することがなかった。

 ゴーレムが振り返りざまに鏡太朗に腕を振り当て、鏡太朗の体は数メートル吹き飛んでいった。地面に落下した鏡太朗に向かってライカが叫んだ。

「お前、わしがこんなに苦労してチャンスをつくったのに、それを使えんのかーいっ!」

『ちくしょう、神器が発動しない! 俺にはこの神器は使えないのか……。ライちゃんの雷玉はこの怪物には効かない。どうしたらいいんだ?』 

 困惑した表情の鏡太朗の視線の先では、ゴーレムが腹部に土を補充しており、その体は次第に元通りの大きさに戻っていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ