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4 呪いのロッカーに貼られたお札

「こ、こんなモン祓えるかーっ!」

 雷鳴轟之(らいめいとどろきの)神社の本殿で、正座する制服姿の鏡太朗とさくらに向かって、もみじが怒鳴っていた。胡坐をかくもみじの脚の上にはライちゃんが横たわっていた。

「おねーちゃんでも、呪い玉を祓うのは無理なの?」

「こんなに強力な負のエネルギーを持つ水晶玉を祓えるヤツなんて、恐らく世界中探したって一人もいねーぞ。見るだけで、近くにいるだけで、凄まじい悪寒を感じる」

 鏡太朗は右掌の上の呪い玉を見つめながら、肩を落とした。

「や、やっぱり四十九年間滝に打たれるしかないのか……。間違って割っちゃったらどうしよう……。『破滅の十二分』の後で俺は消滅してしまうのか……。どっちにしても、もう俺の人生は終わった……。はあ……」

「鏡ちゃん……」

 さくらは、うなだれて落胆している鏡太朗を見つめながら涙を浮かべ、二人が悲痛な表情で黙り込むと、重苦しい沈黙がその場を支配した。


 もみじは鏡太朗とさくらの様子を見つめながら、しばらく何かを考えていたが、やがて躊躇いつつ口を開いた。

「ん~、……『破滅の十二分』を防ぐ方法なら……、なくもないんだが……」

「え? 本当? 教えて! もみじさん、教えて!」

「おねーちゃん、教えて!」

 鏡太朗とさくらは、希望に輝いた顔で同時にもみじを見た。

「呪い玉を祓う手立ては見当もつかねーが……、万が一、呪い玉が割れた時に、十万体の悪霊を封じ込める手立てなら心当たりがある。しかし……、いや、やっぱダメだ。今の言葉は忘れてくれ」

「もみじさん、お願い、教えて!」

「おねーちゃん、教えてあげて! お願い!」

 もみじはしばらく迷っていたが、二人の必死な表情を見て決意した。


「さくらと鏡太朗が通う高校の一年一組の教室には、上下二段で四列の生徒用のロッカーが後ろの壁に五つ並んでるだろ? その中に、決して開けてはならないと言い伝えられている扉が一つだけあるはずだ。廊下側から数えて四列目の下の段、みんなに『呪いのロッカー』と呼ばれている扉だ」

「呪いのロッカーって、開けただけで呪われる危険なロッカーって聞いたよ! ロッカーを開けたせいで行方不明になった生徒がたくさんいるんだって! ロッカーの奥にはお札がいっぱい貼られていて、激ヤバな雰囲気だって聞いたよ!」

「呪いのロッカー……」

 鏡太朗は驚愕して思わず大声を出し、俯いて呟いたさくらの顔は青ざめていた。

「そのお札は目くらましのためのダミーだ。たった一枚の本物を除いてな。焦点を合わせずにそれらの『護符』……つまりお札を眺めていると、一枚だけが白い光を放っているのが見えてくる。それが本物のお札だ。そのお札の見た目は古代ヘブライ文字の呪文が墨で書かれた和紙なんだが、御神氣……つまり神様が放つエネルギーを物質化したもので、水に濡れても呪文が滲むことはなく、紙に水が染みることもないという。そして『貼ろう』という意思があれば、のりやテープがなくても物に貼りつく。あたしの知る限り、そのお札よりも強力な邪悪な力を封印するツールはこの世に存在しねー。そのお札で呪い玉を包んでいれば、万が一、玉が割れて悪霊が飛び出しても、お札から外に出ることはできないはずだ」

「呪いのロッカーの奥に貼られたお札だね。ありがとう、もみじさん! ロッカーを開けるのは怖いけど、早速やってみるよ!」

「いやダメだ! そのお札は絶対に剥がすな!」

「え、どうして?」

 もみじは右手で頭を抱えながら、自分の発言を後悔した。

「おめぇの姿があまりにも哀れで、ついお札のことを話しちまったが……。やっぱ話すんじゃなかった……。そのお札はな、この世界と魔界を繋ぐ出入口を封印しているんだ」

 もみじは顔を上げると、鏡太朗の顔を真っ直ぐ見つめて言った。


「魔界って何?」

 鏡太朗は、きょとんとした顔でもみじに訊いた。

「昔から妖怪や魔物の存在が世界中に言い伝えられているだろ? 魔界っていうのはな、あたしたちが住む世界とは別に存在していて、妖怪や魔物が棲んでいる世界のことだ。妖怪と魔物は、呼び方が違うだけで同じものだけどな。

 魔物ってーのはな、簡単に言えば、この世界の常識では考えられない身体構造と生態を持ち、魔力と呼ばれる超能力を備えた生き物のことだ。昔は魔界との出入口が世界中にたくさんあって、よく魔物が出現していたんだが、そいつらの中には人間に危害を加える奴らもいたからな、世界中の人々が長い年月をかけて、色々なツールを使って出入口を封印していったんだ。

 出入口っていうのは、空間にできた目に見えない裂け目だ。あの学校がある場所には、空間の裂け目があるんだ。あの場所には、校舎が建つ前は一本の巨大な老木があってな、空間の裂け目の場所にちょうど幹があったんだ。昔はそこから魔界の魔物がしばしば現れて人々を苦しめていたんだが、ある時、この地を訪れたとんでもなく強力な力を発揮する神伝霊術の遣い手が、強力なお札を木の幹に貼って出入口を封印したと伝えられている。以来この地に魔物は現れなくなった」

「もみじさん、神伝霊術って何?」

「霊術ってのはな、超常的な力で病気の治療をしたり、人間を超えた能力を発揮したりする術で、昭和初期までは色々な種類のものがあったらしい。

 神伝霊術は、一部の神社にのみ秘密裏に伝えられてきた霊術で、悪人や魔物から善良な人々を守るために、神様の力を借りて超常的な現象を発現させる術だ。

 話を戻すぞ。あの場所にあった老木が倒されて学校の校舎が建設されると、再び危険な魔物が現れるようになった。そこで、あたしのばあ様の佐倉ぼたんが、この神社に伝わる神伝霊術で魔物を倒し、老木に貼られていたお札を探し出して、これ以上魔物がやって来ねぇように、空間の裂け目にお札を貼って封印したんだ。その空間の裂け目がある場所ってーのが、ちょうど呪いのロッカーの奥なんだ。

 ばあ様は、魔物に襲われて怯えている学校の教員たちと相談して、生徒がお札を剥がすことがないように、呪いのロッカーの怪談をでっち上げ、噂話を生徒たちに広めたんだ。ロッカーの中を覗いた奴に噂話が本当のことだと思わせ、本物のお札がどれかわからなくするため、ダミーのお札もたくさん貼った。元々はロッカーには厳重に鍵もかけていたんだが、すぐに誰かに壊されちまったらしい。

 おめぇが可哀そうになって、ついお札のことを喋っちまったが、あのお札を剥がすと危険な魔物たちがこの世界にやって来る。だから、絶対に剥がすな。  

 でも、今の話は参考になっただろ? おめぇは、邪悪な力を封じる他のツールを探すんだ。いいな?」

 鏡太朗は釈然としない表情を浮かべてもみじの話を聞いており、その隣で俯くさくらは両目を大きく見開いたまま、凍りついたように身動き一つしなかった。


 次の日の放課後の誰もいない教室で、鏡太朗は呪いのロッカーの前にしゃがみ込み、扉を見つめながら開くか否かを思い惑っていた。やがて、鏡太朗は両目をつぶって大きく深呼吸をすると、扉を睨みつけて一思いに開いた。

『昨日聞いたとおりだ。お札がたくさん貼られている。焦点を合わせずにお札を見るんだっけ……? あ! 本当だ! 一枚だけ白く光って見えるお札がある! これが本物? よくわからない文字で何かが書かれているけど、これが古代ヘブライ文字なんだろうか?

 このお札で呪い玉を包めば、たとえ呪い玉が割れたとしても、悪霊をお札の中に封印することができる。このお札さえあれば、俺は普通の人生を送ることができるんだ。このお札さえあれば……』

 鏡太朗は思い詰めた表情でしばらくお札を見つめていたが、突然緊張から開放されたように微笑んだ。

『でも、俺一人が助かるために、たくさんの人を危険な目に遭わせることなんて、絶対にできないよな。このお札のことは忘れよう』

 鏡太朗がロッカーの扉を閉めて立ち上がると、後ろに制服姿のさくらが立っていた。

「さ、さくら! いつの間に!」

 さくらは悲しそうに呪いのロッカーを見つめていた。

「小さい頃にお札の話を聞いたあたしは、魔物を見てみたいってずっと思ってた。

 九年半前、おねーちゃんがこの学校に通っていて、おとーさんとおかーさんと一緒に学校の文化祭を観に来た時、今が魔物を見るチャンスだと思ったの。おとーさんとおかーさんが、体育館で生徒のダンスやバンド演奏や劇を観ている間に、あたしは抜け出してこの教室にやって来た。そして、呪いのロッカーの扉を開けて、奥に貼られていた本物のお札を剥がした……」

 鏡太朗は、何かに耐えるように言葉を絞り出すさくらの姿を、ただ見つめていた。


「お札を剥がすと、ロッカーの奥に真っ暗な空間が広がったの。そして、真っ暗な空間の奥から、何かがこちらに向かって飛んできた。それがライちゃんよ」

「え? ええーっ? ライちゃんって、魔界から来た生き物だったのーっ?」

「ライちゃんは泣きながら震えていた。あたしはそんなライちゃんを抱きしめて、『どうして泣いてるの? 大丈夫、あたしが守ってあげる』って言いながら、この教室を離れて体育館横の倉庫に潜り込んだの。あたしはこんなに可愛い魔物に出会えたって大喜びで、マットの上でライちゃんを抱っこしながら眠っちゃった……。

 その後で起こったことは、おねーちゃんに聞いたの。いくら訊いても、おねーちゃんはなかなか教えてくれなかったけど、あきらめずに何百回も訊いて、おねーちゃんはおばーちゃんに促されてやっと教えてくれた……」

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