表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/20

20 鏡太朗の誓い

 翌日の放課後の校舎屋上のフェンス際で、鏡太朗はさくらと並んでグラウンドを眺めていた。グラウンドでは、数台のパワーショベルとブルドーザーが大きな土の山を撤去していた。鏡太朗はその様子を眺めながらさくらに言った。

「あの魔界のおじさんが出した三体の土の怪物が崩れてできたこの山、SNSでは『一夜にしてできた謎の土山』って話題になってるよ。あの土の怪物を目撃した人もいたみたいで、その書き込みや色んなデマも拡散しているんだ。

 それに百四十九人の生徒と先生が、学校で緑色のおじさんと土でできたロボットに襲われて意識を失って、気がついたら公園にいたって証言していて……、SNSでは宇宙人の仕業だって騒いでいる人がいっぱいいるんだよ。何でも宇宙人のせいにする人がいるなんて、もし宇宙人が本当にいるとしたら可哀想な気がする」

「昨日一日で本当に色んなことがあったね。ずっとハラハラドキドキだったけど、鏡ちゃんが十万体の悪霊に取り憑かれた時は、本当にびっくりした」

 さくらはフェンスの上に両腕で寄りかかり、手首に顎を載せてグラウンドを見下ろしながら言った。

 鏡太朗はグラウンドに背中を向けると、フェンスにもたれて空を見上げた。

「取り憑かれたっていうか……、現在進行形なんだけどね。今朝学校に来るまでに、何匹もの散歩中の犬が俺を見て逃げ出すし、すれ違った赤ちゃんも泣き出すし、本当に俺は動く心霊スポットだよ」

「あたしね、あの時、鏡ちゃんが消えちゃったらどうしようって思っちゃった。今、鏡ちゃんが隣にいてくれることがとっても嬉しい!」

 視線を感じた鏡太朗が横を向くと、さくらが自分を見つめて満面の笑みを浮かべており、ドギマギして鼓動が高まった鏡太朗は、頬が赤くなった顔を慌てて空に向けた。

『そ、そんなこと言われたら、勘違いしちゃうじゃないか……。ま、まあ天真爛漫なさくらのことだ。深い意味はないと思うけど……』

 二人は再びグラウンドを見つめて並んで立った。


「ねぇ、鏡ちゃん。魔女とおじさん、今どうしてるかな? あの二人がしてきたことは決して許されることじゃないけど、三千年も想い続けてくれたなんて羨ましいな……。いつかあたしが好きになった人が、そんなに長い間変わらない気持ちであたしを好きでいてくれたら、とっても幸せなんだろうなぁ」

 さくらはフェンスの上の前腕に左頬を載せて、幸せそうな、それでいて少し寂しそうな表情で言った。

 鏡太朗は頬が紅潮した顔をグラウンドに向けたまま、自分が思っていることを緊張しながら一思いに口にした。

「お、俺は……三千年でも、さ、三万年でも、ずっとずっと変わらない気持ちで、好きな人を好きでいる自信があるよ……」

 グラウンドを見つめる二人に沈黙が流れた。


 さくらは前腕から顔を上げてフェンスの上部を握りしめると、俯いて自分の足元をじっと見つめ、やがて緊張した声で口を開いた。

「きょ、鏡ちゃんには、今、そ……、そんな人がいるの……?」

 鏡太朗は鼓動が急速に高まり、胸がぎゅっと締めつけられるのを感じた。

『俺の気持ちを伝えたら、もう今の関係には戻れないかもしれない……。でも、俺はずっと今までさくらのことを……。きっと、これからだってずっと……』

 鏡太朗は両手の拳を強く握ると、俯きながら口を開いた。声を出した瞬間、鏡太朗の足は小刻みに震え出した。

「さ、さくら……。お、俺……、俺は今までずっと……」

 

「おーっ、二人ともここにいたかーっ!」

 背後から不意に聞こえたもみじの声に、鏡太朗とさくらの全身は一瞬で凍りついた。二人が恐る恐る振り返ると、神主姿のもみじが笑顔で二人に近づいていた。

「も、も、も、もみじさん! ど、ど、ど、どーして学校にーっ?」

「ん? 何であたしの姿を見てそんなに動揺してんだ? あたしはな、この娘の転入手続きをしに来たんだ」

 もみじの後ろには、この学校の制服を着た見慣れない少女が俯きながら立っていた。小柄で痩せているその少女は、ショートカットで目が大きく、美しい顔立ちをしていた。

「え? 誰? もみじさんの隠し子?」

「お、おめぇ、セクハラで訴えるぞ! 慰謝料払えよ!」

 もみじはわなわなと体を震わせて、挙げた右手を握りしめた。

「ご、ごめんなさい……。軽い冗談だったのに……」

 さくらが笑いながら言った。

「鏡ちゃん、わからない? ライちゃんよ」

「え? ええええええええーっ! ライちゃんって、人間に変身できるのーっ? ……っていうか、ライちゃんって女の子だったのーっ?」

「悪かったな、わしが女の子に見えなくて」

 人間の女の子の姿のライカは俯いたまま、横を向いて不機嫌そうに言った。その髪の横には、雷を象ったヘアクリップがつけられていた。


「鏡ちゃん、逆なの! ライちゃんはこっちが本当の姿で、雷獣の姿の方が『戦闘モード』に変身した姿なの。本当の姿ではほんの少ししか魔力を使えなくて、空を飛んだり、いつもの大きさの雷玉を出したりするには、戦闘モードへの変身が必要なの」

「ライちゃんがこの世界にやってきたのは、九年半前で五歳の時だ。素性不明の小さな子どもが急に同居を始めたら大問題になるだろ? だから、人前では戦闘モードに変身した姿でいてもらったんだ」

 さくらともみじの説明を聞いた鏡太朗は、気まずそうな表情でライカに謝った。

「いや、色々とゴメン……。これからもよろしく、ライちゃん」

 鏡太朗は申し訳なさそうな顔でライカに右手を差し出し、握手を求めた。ライカは鏡太朗の右手をじっと見つめながら、昨日の出来事を思い出していた。ライカをかばって土の塊を体中に受け、ライカのために泣いていた鏡太朗の姿……。床を這いつくばりながら、自分がおとりになってルビンゴからライカを必死に逃がそうとした鏡太朗の姿……。

「痛っ!」

 ライカは右手から米粒のように小さな雷玉を放ち、雷玉は鏡太朗の右の掌に命中した。

「わ、わしゃ……、に、人間が嫌いなんじゃ……」

 そっぽを向いたライカは、耳まで真っ赤になっていた。


 もみじが三人に向かって語り出した。

「開いてしまった魔界との出入口。いつ十万体の悪霊に支配されて暴れ出すかわからねぇ鏡太朗……。鏡太朗のバカが、この世界を危険な状況にしちまったからな。さくらと鏡太朗だけじゃ不安で、ライちゃんにも学校へ行ってもらうことにしたんだ。年中無休で学校を守るのは無理だが、せめて生徒や先生たちがいる間だけは、三人で力を合わせてみんなを守ってくれ。霹靂之大麻(へきれきのおおぬさ)は、しばらく鏡太朗に貸してやる。レンタル料金はツケとくから、社会人になったら払えよ」

 もみじが話をしている最中に、鏡太朗が腑に落ちない表情を見せた。

「ねぇ、もみじさん。ライちゃんって、戸籍や色んな記録がないんでしょ? 前に通っていた学校もないし……。どうやって転入手続きを?」

「鏡太朗、それは聞くな。月の神様が味方をしてくれたとだけ言っておこう」

「もみじさん、何か幻の術を? そうだ! 俺、もみじさんに頼みがあったんだ」

「頼み?」

「俺に神伝霊術を教えて」

「おめぇ神伝霊術をナメてんだろ? 才能に恵まれた者が小さい頃から長年かけて体系的に学んで、やっと習得できるモンなんだぞ! まあ、明治末期から昭和初期にかけて色んな種類の霊術が大流行し、その中には神伝霊術のいくつかの術だけを身につけた者もいたと聞く。もしかしたら、一部の術だけなら体得できるかもしれねーが……」

「お願いします! 俺は魔物や色々な危険からみんなを守りたいんだ」

「で、いくら払う?」

「え? お金とるの?」

「あったりめーだろ! 何でおめぇにタダで伝授しなきゃならねーんだ」

「お、大人になったら払うから……」

 もみじはさくらとライカに顔を向けて言った。

「二人とも、こーいう無計画に借金を増やす男とだけは、ぜってー結婚すんじゃねーぞ」

「も、もみじさん、そういう傷つくことは、俺に聞こえないように言って!」

「おねーちゃん、あたしにも神伝霊術を教えて! あたしもみんなを守る術を身につけたい!」

 さくらがワクワクした笑顔でもみじに言った。

「そうだな。これからは、何が起こるかわからねーもんな。さくらも離魂之術以外にも遣える術があった方がいいな」

「わしは何をしたらいいんじゃ?」

 ライカがきょとんとした顔でもみじに訊いた。

「ライちゃんは……、もう少し目立たない喋り方を修行しようか。さくらの従妹の転入生『佐倉來華(らいか)』として、一年一組に馴染んでいこう」

 鏡太朗は三人を見つめながら、心の中で誓った。

『俺、絶対にこの学校と世界を魔物と悪霊から守ってみせるよ。そして、今はどうやったらいいのかはわからないけど、でも、さくらのお父さんとお母さん、それにライちゃんのお母さんを必ず探し出してみせる!』


 その頃、誰もいない一年一組の教室で、呪いのロッカーの扉が突然開いた。窓から差し込む西日が、ロッカーの中から現れて教室から出て行く何者かの長い影をロッカーや壁に投影していた。


                                 (おわり)



 最後まで読んでいただき、 ありがとうございます。


 この作品の原型となるアイデアを思いついたのは、2010年頃になります。

 2003年生まれの娘が入学した小学校では、朝読書の時間があり、週末ごとに学校に持っていく本を娘と一緒に書店で選んでいたのですが、そんな中で「こんな話があったら面白いのなぁ」というアイデアが突然浮かんだのです。

 当時は小説を書くことなど考えたことがなかったのですが、通勤中などに頭の中でアイデアを展開させて、次第に物語としての形が出来上がっていきました。

 コロナ禍の2020年、頭の中にある物語を小説にしてみようと思い立ち、生まれて初めて今作の原型となる小説を書き上げ、その後は、その小説の続編や他の物語を書きながら、自分なりの文章表現の方法を模索してきました。


 今作は、生まれて初めて書いた小説とその続編を大幅にリニューアルしたものです。リニューアル前の物語では、今作の多くの基本設定に加え、人類を監視する高度な科学力を持つ異星人がいて、学校の担任である若い女性の先生は異星人が送り込んだ人造人間で、先生の秘密に気づいた主人公は異星人の母船に拉致されて、教室には女の子の地縛霊が棲んでいて、教室と主人公の部屋を繋ぐ異次元トンネルがあって、ピエロ姿のお笑い好きの先生の幽霊が成仏するために笑いを求めて校内を徘徊していて……など、もっとカオスでドタバタ感が強い物語だったのですが、基本設定を整理して、2023年にシリーズものとして書き直しました。現在、第4話までの初稿が仕上がっていますので、何度も見直して修正を加えた上で、順次投稿させていただきますが、第2話「見えない魔物と謎の教育実習生」については、第1話と併せて読み返しと修正をしてきましたので、間もなく投稿させていただきます。


 第2話以降もお付き合いいただけたら幸いです。

 

 これからも、何卒、よろしくお願いいたします。


                                小雨 無限


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ