19 全部おめぇのせいだ
「鏡太朗ーっ! 全部おめぇのせいだあああああああああっ!」
鏡太朗とライカが声の方に顔を向けると、もみじが怒りの形相で立っていた。
「お、おめぇ……、何てことをしたんだ……」
「もみじさん、俺……、俺……」
鏡太朗は両手を床について泣き続け、ライカも俯いて泣いていた。
「おねーちゃん、そんなに怒らなくても……」
「え?」
顔を上げた二人の目に映ったのは、怒りに震えるもみじの背後から姿を現したさくらの笑顔だった。
「さ、さくら!」
「さくら! 無事だったんじゃなあああああああっ!」
ライカはさくらの胸に一直線に飛び込んで行った。
「さくら……。ははは……、さくらが生きていた……」
鏡太朗は床に座り込んで涙を流して笑った。
「ええーっ? 二人ともあたしが消滅したと思ってたのーっ? さっきまでここにいたのは、あたしの魂だよ」
「え?」
「全く、さくらもさくらだ! あたしが学校に向かって車を飛ばしていたら、助手席に座って現世之可我見で教室の様子を見ていたさくらは、離魂之術で勝手にここにやって来たんだ」
もみじは両腕を組んで腹立たしそうにさくらを横目で見たが、さくらは全く気にすることなく笑顔で語り出した。
「魔女は、赤い瞳で幽霊の姿が人間と同じくらいはっきり見えるって言ったの! 魔女の目は左と右で色が違っていて、赤い左目の方は魔女の目であるのと同時に、魔神が外の世界を見るために魔女と共用している魔神の目でもあるんじゃないかと思って、もしそうだとしたら、魔神の目にはあたしが本物なのか魂なのかは区別がつかないと思ったの。だから本当はあたしがおとりになって、二人が逃げたらあたしも逃げようと思ってたんだけど、まさか二人も間違えていたとは思わなかった」
「じゃ、じゃあ悪霊の塊みたいな黒い雲に包まれた時はどうしたんじゃ?」
「悪霊の塊に呑み込まれる寸前に、床を通り抜けて下の階に逃げたんだよ」
「その時、ちょうどあたしの車が学校に到着したからよかったものの、体に戻るのがあと三秒遅かったら、二度と体に戻れないところだったんだぞ!」
「おねーちゃん、心配かけてごめんなさい」
さくらは心底から申し訳なく感じ、真剣な表情で諭すもみじに謝った。
「あたしが一番怒っているのは鏡太朗、おめぇだああああああっ! おめぇ自分が何をしでかしたかわかってんのか? 十万体の悪霊はお札の力でおめぇの中に封印されたんだ! おめぇの中には十万体の悪霊がいつもいて、いつ封印が解けて暴れ出すかわかんねーんだぞ!」
鏡太朗の表情が凍りついた。
「え? 十万体の悪霊って、まだ俺の中に……?」
「今やおめぇは、動く世界最凶の心霊スポットだ! おめぇの行動一つで、どれだけの人たちが危険な目に遭うのかわかんねーんだぞ! 何てことをしたんだ!」
「え? じゃ、じゃあこのお札を剥がしたら……」
「再び破滅の十二分が始まる。あの十万体の悪霊はくっ付き合って一つの集合体になっている。あんなバケモン、絶対に誰にも祓えねーぞ」
鏡太朗は視界が一気に暗くなっていくのを感じた。
「そ、そんな……。こ、このお札は絶対に剝がさないでおこう……。え? じゃあお風呂に入る時はどうしたら……」
「そんなこと知るかーっ! 神様の御神氣を物質化したそのお札は、水に濡らしても大丈夫だと言われているが、本当かどーかはわからねー。万が一デマだったら、お札とともにお前の存在そのものが終わっちまうぞ。用心して、お札を剥がしてから悪霊に心が乗っ取られるまでの最初の四分以内に風呂を終わらすことだな」
さくらとライカは、『ぎゃはははは……』と高笑いしながら凄いスピードで体を洗う獣のような怪物に変貌した鏡太朗の姿を思い浮かべた。
「アタシ、今まで何をしていたのかしら?」
今まで気を失って倒れていた魔女が、意識を取り戻して上体を起こした。その左の瞳の色は右の瞳と同じエメラルドグリーンに変わっていた。
もみじが魔女に声をかけた。
「あんた、魔神に心を支配されて、自分の若さと美しさを保つために人間の魂を集めてたんだよ」
「そ、そうだった。アタシはこの美し過ぎる姿が年老いていくことが怖くて、人間の魂を食べて若さと美しさを維持してきたんだった……。
三千年前、魔女族の魔物は、人間の魂を摂取すると老化が止まるという噂を聞いて、アタシは人間界に来て、恐る恐るそれを試してみた。初めの頃は、人間を犠牲にすることに後ろめたさを感じていたのに、ある時赤い光がアタシの心の中に入ってきて、犠牲にしてきた人間たちのことが全然気にならなくなって……、むしろ人間たちを犠牲にすることに喜びを感じるようになってしまった……。
ごめんなさい。全部アタシが悪かったの」
魔女は床に座り込んだまま力なくうなだれており、ライカが前脚で腕組しながら魔女に訊いた。
「反省してるんじゃな?」
「そう、全部アタシが悪いの。アタシが超絶美し過ぎるのが悪いのよーっ!」
「は?」
その場にいた全員が目を点にして声を揃えた。
「だって、だって、みんな考えてみて! もしもアタシがあなたたちみたいにごくごく普通のありふれた姿形をしていたら、年老いていくことなんて気にする必要がなかったでしょ? アタシが、年をとっていくのが許されないほど、宇宙の歴史が始まって以来、生きとし生けるものの中で史上最高に美し過ぎるのが悪いのよ!
ああ、神様! どうしてアタシをこんなにも神々しいほどに美し過ぎる姿につくったの? アタシは神様を恨むわ! わああああああああああああああああっ!」
魔女は床に顔を伏せて号泣し、ライカが冷ややかに言った。
「鏡太朗、もっかい合体技じゃ」
「ライちゃん、まあまあ……」
その時、グノーシスが教室に姿を現し、魔女に近づきながら語りかけた。
「魔女エカテリーナ様。歳をとることを恐れる必要などありません。あなたはどれだけ歳をとられても、世界中の誰よりも美しいはずです。私はあなたに三千年以上お仕えしながら、誰よりも美しいあなたのことをずっと想い続けてきました」
「お、お前……、お前って誰?」
魔女は、グノーシスの顔をきょとんと見つめながら訊いた。
「あなたの下で三千年以上お仕えしておりますノーム族のグノーシスでございます」
グノーシスが恭しく答えると、魔女は喜びに輝いた笑顔でグノーシスの手をとった。
「名前なんてどうでもいい! アタシのママもとても美しい魔女だったけど、歳をとって美しさに陰りが出たら、パパはママとアタシを捨てていなくなった。お前は、アタシの神レベルの究極の美しさが年月とともに失われていったとしても、たとえアタシが年老いて皺だらけのお婆さんになっても、それでも変わらない気持ちでアタシのことを想ってくれると言うのかい?」
「はい! いつまでも変わらない気持ちで、ずっとおそばにおります!」
グノーシスは優しく微笑みながら、魔女を真っ直ぐ見つめて力強く答えた。
魔女は魔力で教室を元通りの状態に回復すると、グノーシスと手を繋ぎながら、呪いのロッカーから魔界へ帰って行った。魔女もグノーシスも幸せいっぱいに微笑んでいた。




