17 闇でできた体
床に散らばる赤い結晶の破片の中央に佇む鏡太朗は、体全体が膨らんで一回り大きくなっており、黒い炎のようにゆらめき続ける真っ黒な体からは、細くて黒い煙のようなものが無数に立ち上っていた。ゆらめく黒い頭部には、赤く光る丸い両目と、三日月のような形で笑みを浮かべる牙だらけの口があった。
さくらが壁の時計に目をやると、時刻は九時二十二分三秒を指していた。
「なんというおぞましい姿だ。だが、どのような姿になろうと、我はお前を破壊する!」
ルビンゴはそう言い放つと、右の拳を鏡太朗の顔面に叩き込んだ。
「うひひひ……。効かねぇなあ。お前の攻撃なんて、『俺たち』には全く効かねぇよ。うひひひ……」
黒い炎のような姿の鏡太朗は、顔の中央にルビンゴの拳が直撃しても平然と嗤っていた。鏡太朗はルビンゴと顔が向かい合う高さまで跳び上がり、怯んだ表情を浮かべたルビンゴを嘲笑うと、頭の上の角を右手でつかんでそのまま床に引き落とした。ルビンゴは激しい衝突音とともに顔面から床に叩きつけられ、床には大きな亀裂が何本も走った。鏡太朗はルビンゴを蹴り飛ばし、ルビンゴが轟音を立てて巨大な黒板に激突すると、黒板には無数のヒビが入って破片が次々と落下してきた。
「ライちゃん……。鏡ちゃんは、さっき『俺たち』って言わなかった?」
「ああ……。鏡太朗の心が、十万体の悪霊に乗っ取られたってことなんじゃろうか……?」
さくらは悲しみに耐えながら、目の前で起こっている光景を見つめていた。
黒い炎のような鏡太朗は、黒板の下でうつ伏せに倒れたまま身動きをしないルビンゴを見て嘲笑した。
「うひひひ……。もう終わりなのかあ? もっと俺たちを楽しませろよ……」
「さくら、危ないんじゃあああああああああっ!」
さくらとライカに向かって、鏡太朗の右手の五本の指が長く伸びて飛んで来た。二人がぎりぎりでそれをかわすと、五本の指は後方の壁に深々と突き刺さった。
「な、何すんじゃーっ、鏡太朗!」
「うひひひ……。お前たちも俺たちの餌食だ」
鏡太朗は闇でできた炎のような指を元通りに縮めながら、不気味に嗤った。
「目を覚ますんじゃああああっ!」
ライカは左右の前足からそれぞれ雷玉を放ったが、雷玉が直撃しても、鏡太朗は何事もなかったかのように不気味に嗤いながら立っていた。
「これならどうじゃああああああああああああっ!」
ライカは、床に散乱しているたくさんの赤い結晶の破片に雷玉を放った。無数の赤い結晶の破片が雷を帯びながら飛んで行き、鏡太朗の体中に刺さった。
「うひひひ……。こんなモンがいくら刺さっても、俺たちには効かないなあ」
鏡太朗は額に刺さっている赤い結晶の破片を右手で引き抜くと、粉々に握りつぶした。
「俺たちのこの体は、闇を物質化してつくっている。どんな攻撃も、闇でつくられたこの体には傷一つつけられないのさ。もっとも、この闇の体は、本当の俺たちの体に変化するまでの『一時的な体』だ。蛹みたいなものだな。うひひひ……」
鏡太朗が不気味な笑い声を上げると、鏡太朗の体中に刺さっていた無数の赤い結晶の破片が一斉に体から抜け落ちた。
「これならどうだーっ!」
「ぐわあああっ!」
苦しげな叫び声を上げた鏡太朗の背後では、ルビンゴが長さ一メートルの槍の形の赤い結晶を鏡太朗の背中に突き刺していた。さくらが目を丸くして絶叫した。
「鏡ちゃん!」
「我の赤い結晶が、お前の体の内側まで届いたな。体の内側なら破壊できるようだ」
ルビンゴは満足げにニヤリと笑った。鏡太朗は、怒りを感じさせる吊り上がった半月型の目で振り返ると、口から火炎放射のように闇を吐き出し、炎のような闇に全身を包まれたルビンゴは、床に倒れてのたうち回った。
「ぎゃああああああああああっ!」
「うひひひ……。お前は燃え上がる闇『闇の炎』で焼かれるがいいさ」
鏡太朗は背中に赤い結晶の槍を刺したまま、さくらとライカの方を振り返って不気味に嗤った。
「うひひひ……。今度はお前たちが俺たちを楽しませろよ」
鏡太朗は闇でできた両手の十本の指を次々と伸ばして、さくらとライカを攻撃した。二人は伸びてくる指から逃げ回り続けた。
「うひひひ……。必死に逃げてるねぇ。滑稽で楽しいなあ……」
『こ、こんなの鏡ちゃんじゃない……』
逃げ回るさくらの両目に涙が溢れた。
鏡太朗は不気味に嗤いながら、伸びる十本の指と口から吐き出す闇の炎でさくらとライカを狙い続け、さくらとライカはそれを避け続けた。
闇の炎は教室の天井や壁、床のあちこちに当たって燃え移り、燃え上がる闇の炎で照らされた場所は周囲よりも暗くなっていき、至る場所で闇の炎が燃えている光景は地獄のようだった。
「おのれ……、おのれええええええっ!」
体を包んでいた闇の炎が消えたルビンゴは、全身黒焦げで怒声を上げた。ルビンゴが天井の広い範囲に赤い光を吐き出すと、天井に広がった赤い光から鏡太朗に向かって五本の赤い結晶のつららが伸びていった。鏡太朗はつららに体を串刺しにされ、両目を細めた苦悶の表情で絶叫した。
「ぐわあああああああああああああああああああっ!」
「鏡ちゃん!」
「鏡太朗ーっ!」
叫び声を上げたさくらとライカの目の前では、鏡太朗の闇の体が膨らんで直径二メートルの闇の塊になり、鏡太朗を貫いていた五本の赤い結晶のつららと、背中に刺さっていた赤い結晶の槍が粉々に砕け散った。
「鏡ちゃん……、ま、まさか今の攻撃で……」
さくらは不安で胸が張り裂けそうになりながら、闇の塊をじっと見つめていた。突然、闇の塊の中からたくさんの人々の呻き声が聞こえ始め、闇の暗さが次第に薄くなっていくと、闇のオーラに包まれた鏡太朗が姿を現した。
「きょ、鏡ちゃん……」
さくらは目を見開き、思わず両手を口に当てた。ライカは唖然として、大きく変貌した鏡太朗を見つめた。さくらの脳裏に朝死川村のおばあさんの言葉が蘇った。
『最後の段階ではさらに禍々しい姿となり、手当たり次第周りの人間の体と魂をむさぼり食う悪鬼と化す。そして最後には……』
さくらがハッとして壁の時計を見ると、時刻は九時二十六分三秒を指していた。
『最後の四分間が始まった……』