15 投げ捨てられたお札
「あたしが相手よ!」
鏡太朗が突然前方から聞こえた声に驚いて目を開けると、目の前に制服を着た女の子の後ろ姿があった。髪の横には桜の花を象ったヘアクリップが見えた。
「さくら?」
「鏡ちゃん、ライちゃん、助けてくれてありがとう。二人が解放してくれた魂が、人形になった体に引き寄せられて、その人形の中に入ったら、元の姿に戻ることができたの。今度はあたしが二人を助ける番よ。あたしがあいつを引きつけている間に逃げて!」
さくらは鏡太朗たちに背中を向け、ルビンゴと正対しながら言った。
「そ、そんなことできる訳ないだろ!」
「さくら、危ないから逃げるんじゃーっ!」
さくらは鏡太朗とライカの叫び声には動じなかった。
「あたしは決めたの。あたしが鏡ちゃんとライちゃんを絶対に守るんだから!」
「我の邪魔をする者は人間であろうと、魔物であろうと、皆破壊する。希望通り、お前から破壊してやろう」
さくらはルビンゴを引き寄せるように、鏡太朗たちから離れて走り出した。ルビンゴは素早くさくらの前に回り込むと、さくらの左側頭部に右の回し蹴りを放ち、さくらは身を屈めて蹴りをかわし、後ろに移動した。ルビンゴは体を一回転させながらさくらに左の裏拳を放ち、さくらはさらに後ろに下がってぎりぎりでそれをかわしたが、ルビンゴの長過ぎるリーチをフットワークでかわすのは困難であり、さくらのなびく髪にルビンゴの裏拳の先端が触れる寸前だった。
「さくらーっ、もう逃げるんだあああああああっ!」
「さくらーっ、わしらのことはいいから、早く逃げるんじゃああああああっ!」
さくらはルビンゴの拳と足の攻撃をかわしながら、鏡太朗たちとは反対側の黒板がある壁に向かって後退を続けた。
「さくらーっ! ちくしょおおおおおっ、動けえええええええええっ! 俺の体、動けえええええええええええええええっ!」
鏡太朗はボロボロの体で、何とか立ち上がろうとしていた。
さくらは持ち前の運動神経でルビンゴの攻撃をぎりぎりで全てかわしていたが、やがて巨大な黒板の横にある教室の角に追い詰められた。
「もう逃げ場はない。次の一撃でお前を破壊する」
さくらに向かって右の拳を放とうとしたルビンゴの体が少し浮き上がった。
「さくらに手を出すなあああああああああああああああっ!」
鏡太朗が、ルビンゴの左大腿を両腕で抱えて持ち上げていた。
『俺は絶対にさくらを守るん……』
「……だあああああああああああああああああああああっ!」
鏡太朗は絶叫しながら、抱え上げたルビンゴと一緒に後ろに倒れてルビンゴの体を床に叩きつけ、床にはたくさんの亀裂が走った。
「はあっ、はあっ、さくら、今のうちに逃げ……、ぐわっ!」
鏡太朗は、ルビンゴが倒れた状態で放った蹴りを左肩に受けて、教室後方にある生徒用の机と椅子まで吹き飛び、たくさんの机と椅子を倒しながら床を転がると、生徒用のロッカーに当たって動きが止まった。
ルビンゴは何事もなかったかのように、体をスピンさせながら跳ね起きた。
「さくら! これを動かす呪文がわかるかーっ?」
ライカがフラフラしながらルビンゴのすぐ後ろに立ち、ルビンゴの右ふくらはぎに魔法の掃除機を向けていた。
「ウメーナコノパイン!」
さくらが唱えた呪文で掃除機が動き始め、ルビンゴの体から赤い光が滲み出てきた。
「わ、我の魂がどんどん吸い込まれていく!」
掃除機は赤い光をどんどん吸い取っていき、ライカが勝利を確信して叫んだ。
「お前は倒せなくても、これでお前は終わりじゃああああああああああっ!」
グワンッ!
「な、何じゃと!」
驚くライカの目の前では、ルビンゴが右の拳で魔法の掃除機を木っ端みじんにしていた。掃除機の残骸から赤い光が放出され、ルビンゴの体に戻っていった。
鏡太朗はロッカーに背中を預けて座り込んでいたが、ルビンゴが再び動き出したのを見ると、ロッカーにしがみついてヨロヨロと立ち上がった。
『い、一体、どうすりゃいいんだ……? ん?』
鏡太朗は、自分がしがみついているロッカーをしげしげと見つめた。
「ロッカー……。そ、そうだ!」
鏡太朗は胸ポケットからお札で包んだ呪い玉を取り出し、お札を床に投げ捨てた。鏡太朗の頭の中に、朝死川村のおばあさんの言葉が蘇った。
『呪い玉を割った者は、肉体も、魂も、全てを十万体の悪霊に食らい尽くされて消滅する。そして取り憑いた者とともに十万体の悪霊も消滅するのじゃ』
『そうだ、あいつを倒すにはこの方法しかない! 呪い玉を割らせるんだ! 呪い玉が割れてから十二分間はたいへんなことになりそうだけど、十二分間を乗り切れば、十万体の悪霊があいつを倒してくれるはず。でも、あいつに呪い玉を投げつけた場合、悪霊は俺とあいつのどっちに取り憑くんだ? 確実にあいつに呪い玉を割らせるためには……。よし、踏み潰させるんだ!』
鏡太朗は呪い玉を右手に握り、ルビンゴに向かって駆け出した。
その頃、ライカはルビンゴが連続して放つ左右の拳を飛び回って避けていたが、天井近くまで上昇すると、ルビンゴを挑発した。
「お前、飛べないんじゃろーっ! わしが高く飛んだら手も足も出ないんじゃろーっ!」
ルビンゴは口からライカに向けて赤い光の塊を吐き出し、その光は飛んでいる途中でルビンゴと同じ色をしたラグビーボールに似た形と大きさの物質に変化し、その尖っている先端が天井に突き刺さった。ぎりぎりでそれをかわしたライカは、天井に刺さっている赤い物質を見て冷や汗をかいた。
『こ、こんなモン刺さったら洒落にならんぞ……』
「我の口から放つ『赤い結晶』は、我の体と同じ物質でできている。人間界には赤い結晶が刺さらない物質など存在しないのだ」
ルビンゴは先が尖った赤い結晶をライカ目がけて次々と放ち続け、ライカは空中を旋回してそれをかわし続けた。天井には次々と赤い結晶が突き刺さっていった。
その時、ルビンゴの背後では、呪い玉を手にした鏡太朗が身を屈めていた。
『こいつが一歩足を踏み出した時に、素早く足の下に呪い玉を置くんだ』
ルビンゴはライカを狙って体の向きを変え、右足を半歩踏み出そうとした。
『今だ!』
鏡太朗はルビンゴが足を踏み下ろす場所に素早く呪い玉を置いたが、ルビンゴの足を踏み下ろす場所が急に変わり、鏡太朗の右肘がルビンゴに踏みつけられた。
「うわあああああっ!」
「ん? お前、我の足元で何をしている? 丁度いい。先にお前を破壊する」
ルビンゴは右の拳を引き、右肘を踏まれてうつ伏せのまま動けない鏡太朗に狙いを定めた。さくらが、慌ててルビンゴの正面に向かって駆け出しながら叫んだ。
「あたしが相手よ! こっちを見て!」
ルビンゴは桜花型の目の中の赤い瞳を動かして一瞬さくらを見たが、すぐに足の下の鏡太朗に視線を戻した。
「お前を破壊するのは後だ! まずは我の足の下にいる人間を破壊する!」
『逃げられない!』
鏡太朗は何とか脱出しようと、床の上で必死にもがいていたが、その場から逃れることはできなかった。