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12 もみじの怒り

「もみじさーん、これで半分だよ」

 鏡太朗はゴーレムが持っていた大きな麻袋を背中に担ぎながら、もみじのSUV車に向かって歩いていた。その袋の下側はライカが空中で支えていた。

「車の後ろに積んでくれ」

 もみじは運転席に座ったまま、俯いて答えた。鏡太朗とライカは麻袋から人形を取り出して車の後部に積んでいき、それが終わると運転席の外側に回った。

「もみじさん、もう一回人形を運んでくるね。さくらはどうなってる?」

 その時、鏡太朗とライカは、うなだれて座るもみじの両手の中に制服姿の女の子の人形があることに気づき、目を見開いた。

「も、もみじさん……、ま、まさか……その人形……?」

「さ、さくらなのか?」

「さくらのことを覚えていられるのは、あと一時間もねーんだ! 頼むから早く人形を集めて車に積んでくれ!」

 顔を上げて叫んだもみじの両目からは、大粒の涙が流れ続けていた。

 鏡太朗とライカは泣きじゃくりながら、グラウンドへ急いだ。


 鏡太朗とライカは、涙を止めどなく流しながら、全ての人形を車の後部に積み込み、運転席の外側に回った。運転席に座るもみじが、俯いたまま呟いた。

「やっぱ、この人形たちを守んなきゃなんねーよな……。あいつらがこの人形たちにまた何かをしたら、みんなが元に戻った時にたいへんなことになるもんな。下手すりゃ魂を取り戻したとしても、戻る肉体がなくなってるなんて事態も有り得るよな……。

 どう考えても、大量の人形を安全な場所に移動させるためには車が必要で、それができるのはあたしだけで、あたしの役割だよな……。ちくしょう!」

 もみじは俯いたままハンドルを両手で激しく叩くと、鏡太朗たちに顔を向けた。

「それに、今のあたしは魔女に会ったら、何をしでかすかわからねぇえええっ! 怒りで自分を止められねーんだああああああああああああああっ!」

 もみじの顔は燃えたぎるような怒りで満ちていた。そして再びうなだれた。

「……だから頼む。さくらの記憶が消える前に、二人でさくらの魂を取り返してくれ」

「もみじさん、俺たちが絶対にさくらの魂を取り戻すよ!」

「わしが絶対にさくらを元通りにするんじゃ!」

「頼んだぞ……」

 もみじは俯いたまま、鏡太朗とライカを残して車を発進させた。鏡太朗は涙を右前腕で拭うと、どんどん離れていくSUV車のテールランプを見つめた。

「もみじさんのあんなに怒った顔、初めて見た……」


 もみじは泣きながら運転しており、その脳裏に十年前の記憶が浮かんできた。

「どうして、どうしてなのです? どうして父上は、私に奥伝の術を伝授してくださらないのですか?」

 雷鳴轟之(らいめいとどろきの)神社の裏庭で、高校の制服を着たポニーテールのもみじが神主姿のかしわに詰め寄っていた。

「それは、もみじにはまだ早いからだよ」

「父上は私が未熟だと言うのですか?」

「簡単に言うと、そういうことだね」

 かしわは爽やかな笑顔を浮かべながら、さらっと答えた。しかし、もみじはかしわの回答に納得できなかった。

「私に才能がないとでも言うのですか?」

「そうじゃないよ。もみじはどんな術でもすぐに身につける非凡な才能を持っている。もみじは二種類の神伝霊術を並行して学び、これまでに教えた術の中で修得できなかったのは、月夜(げつよ)が伝える離魂之術だけだ。これは凄いことなんだよ」

「では、なぜ?」

「もしも、私や月夜(げつよ)、さくらが誰かに傷つけられたら、もみじはどうする?」

「当然仕返しをしてやります! そんな奴は絶対に許さない!」

 もみじが怒気を帯びた声で答えると、かしわの表情が厳しくなった。

「だからだよ。雷鳴轟之(らいめいとどろきの)神社に伝わる神伝霊術の奥伝は、雷を矢や太刀の形に実体化する術で、殺傷能力が極めて高い。実体化した矢で貫けないもの、実体化した太刀で切断できないものは、恐らくこの世には存在しないだろう。奥伝はとても危険な術であり、一時の感情で使ってしまうと取り返しのつかないことになる。だからこそ、術者には自分を律する力が求められるんだ。

 でも、もみじは真っ直ぐな性格で、すぐに熱くなって、感情のコントロールがまだまだ未熟だ。今のもみじに奥伝を伝授すれば、きっといつの日か、もみじは術を使って誰かを傷つけ、取り返しのつかない事態に陥ってしまう。私はもみじの師として、私が伝えた術でもみじが誰かを傷つけることは、絶対に避けなければならない」

「父上が仰ることは理解できます……。理解はできますが、しかし……」

 もみじはかしわの言葉を頭では理解できたが、感情面では納得できずにいた。

「それにね、私はもみじの父として、もみじに誰かを傷つけて欲しくないんだよ」

 かしわは厳しい表情を崩し、優しく微笑んでもみじを見つめた。


『十年経って、今なら父上の言葉に納得できます。私はまだまだ未熟です……』

 もみじは涙を流しながら、記憶の中で優しく微笑む父に今の想いを伝えた。

 もみじが運転するSUV車は、夜道を走り去っていった。


 校舎の前では、鏡太朗とライカが玄関に向かって歩いていた。

「ライちゃん、絶対にさくらの魂を取り戻そう!」

「当り前じゃ! もみじの分までわしが暴れちゃるわ!」

 二人の行く手に小柄な人影が見えてきた。

「私が土の中で眠っている間にゴーレムの気配が消えたと思ったら……、お前たちがゴーレムを破壊したのか?」

 二人の前に立ちはだかっているのは、グノーシスだった。

「だったら何じゃ? 邪魔するなら、お前もぶっ倒すだけじゃ!」

「ゴーレムは単なる召使いの土人形で、戦闘用ではない。私には生命体のように動き回る魂なき土人形『ホムンクルス』をつくり出す魔力があるのだ。私がつくり出す戦闘用のホムンクルスの姿を見せてやろう」

 グノーシスが両足を開いて両手をグラウンドに向けると、その体が緑色に輝き始めた。

「さあ、現れよ、究極のホムンクルス、リンドヴルムよ! はああああああっ!」


「な、何だ?」

 突然地面が激しく揺れ始め、鏡太朗は驚いて周囲を見回した。学校の敷地全体と校舎がグノーシスの気合に合わせて大きく振動しており、やがて振動が収まると、グラウンドの中央から直径五メートルの土の柱が空に向かって高く飛び出した。土の柱は高さ百メートルまで伸びた後、空中で曲がりくねり始め、その先端が鏡太朗たちの手前二十メートルの位置で静止した。土の柱の先端部分は、たてがみがある馬の頭部のような形状をしており、土の牙が並ぶ大きな口を開き、土でできた凶暴そうな目で鏡太朗とライカを睨んでいた。グラウンドから伸びているヘビのような胴体には、鷹のような鋭い爪を持つ前脚が二本生えていた。

「ホムンクルスの体は土でできている。雷獣の子よ、お前が放つ雷は全く効かぬぞ。このリンドヴルムは私の命令に忠実に従い、どんな敵であっても確実に撃破する極めて高い戦闘能力を持っているのだ」

「こ、こんなにでかい化け物と、どう闘えばいいんだ? しかも雷が効かないなんて……」

 鏡太朗は呆然としながら、大きく見開いた目でリンドヴルムの巨体を見つめた。

「さあ、さらに二体現れよ、究極のホムンクルス、リンドヴルムよ! はああああああっ!」

 グノーシスが緑色の光を放ちながら、もう一度両手をグラウンドに向けて気合を発すると、再び地面が激しく揺れ、揺れが収まった直後に、グラウンドからさらに二体のリンドヴルムが姿を現した。三体のリンドヴルムは、空中で体をくねらせながら鏡太朗とライカを睨んだ。

「ど、どうすりゃいいんだ? また体内で霹靂之大麻(へきれきのおおぬさ)を……。いや、でも相手は三体だ……」

 鏡太朗はさらに大きく目を見開き、冷や汗が次々と頬を伝った。


 バリバリバリッ!

「え?」

 鏡太朗が正面に目をやると、グノーシスが黒焦げになって立ったまま失神しており、ライカがグノーシスに冷ややかな目を向けた。

「お前はアホか? どんなに凄い魔力か知らんが、それを使っている時のお前自身が隙だらけじゃ。しかも、調子に乗って手の内を自分でペラペラ喋って、全く救いようがないんじゃ。お前の命令に忠実に従うんなら、命令を出す前のお前をぶっ倒せばいいだけじゃ。行くぞ、鏡太朗!」

 ライカは宙を飛んで玄関から校舎の中に進入し、鏡太朗が慌ててライカを追いかけると、背後で振動を伴う轟音が響いた。鏡太朗が驚いて振り返ると、三体のリンドヴルムの体がどんどん崩れ、グラウンドに降り注いでいた。


 四階に着いた鏡太朗が一年一組の教室の戸を開けると、そこには白い光の壁があり、鏡太朗が光の壁を押してみると手が壁を通り抜けた。

「ライちゃん、この光の壁の向こう側へ行けるみたいだよ。行ってみよう」


 鏡太朗とライカが光の壁を通り抜けると、奥行きや高さ、戸の大きさなどが十倍のサイズに変わった教室に到達した。鏡太朗の遥か前方の左側には、机や椅子、ロッカーなどが壁に寄せて置かれており、右側の遠くに見える巨大な黒板の手前には天蓋付きのベッドが置かれ、十本の箒が直立して囲んでいた。ベッドの上には、帽子をかぶった魔女が冷たい笑みを浮かべて腰をかけていた。

 鏡太朗は魔女に向かって叫んだ。

「さくらの魂を返してくれ! それに他のみんなの魂も返してくれ!」

「さっさとさくらの魂を返すんじゃ、コラーッ!」

「返して欲しいのなら、力ずくで奪い返してみるんだねぇ。フフフッ……。行け、魔法の箒隊!」

 四本の箒が鏡太朗とライカに向かって、柄の先端を上、穂先を下にしたままの状態で飛んで行き、魔女の周りでは、残った六本の箒が移動して配列を変えて等間隔で魔女を囲んだ。


「先手必勝じゃ! 雷玉の乱れ打ちじゃああああっ!」

 ライカは雷玉を連続して放ったが、雷玉は四本の箒に当たると砕けて雷になり、箒の上下から天井と床に向かって次々と放出され、箒の動きには全く影響が見られなかった。鏡太朗は緊張の面持ちでその様子を見ながら、右手に霹靂之大麻(へきれきのおおぬさ)を持って構えていた。

『ダメだ。この箒には雷は効かないんだ』

 箒は二手に分かれて鏡太朗とライカに襲いかかり、尖った柄の先端で槍のように突いたり、野球のバットのように箒を振って穂先の部分で打ってきた。

 ライカは空中を旋回して箒の攻撃を避けながら、魔女に向けて次々と雷玉を放ったが、魔女を囲む六本の箒が全ての攻撃を防いだ。鏡太朗は床を走り回って箒の攻撃をかわしていたが、箒の水平スイングの一撃を背中に受けた。

「があああああああああああっ!」

 鏡太朗は前方に数メートル吹き飛んで床に倒れ、続けて襲いかかった別の箒の突きを床の上を転がってかわした。

『この箒の一撃、とんでもない威力だ! こんなのを何発も受けたら体がもたない!』

 鏡太朗が箒の一撃に驚愕していると、魔女が鏡太朗の様子を見て笑い出した。

「アハハハハッ! 人間の坊や、魔法の箒の一撃は気に入ったかい? 魔法の箒のパワーはね、人間の力では絶対に動きを止められないくらい強力なのさ。

 そうそう、無謀にも、箒が最大パワーで放つ止めの一撃を、手で受け止めようとしたバカな人間どもが何人もいたよ。箒のパワーに逆らって箒を受け止めようとするもんだから、みんな手の骨が砕けて頭や首に箒の直撃を受けてたよ。その様子は笑えるくらい滑稽だったものさ。思い出しても笑えてくるよ。アハハハハッ! 

 人間の坊や、これまでに魔法の箒がいたぶってきた人間たちと同じように、お前も死ぬ寸前まで痛めつけてから魂をもらってあげるよ。フフフッ……」


「はあ、はあ、はあ……」

 ライカは雷玉を何十発も魔女に放っては箒に防がれ、疲労困憊して呼吸が荒くなっていた。

「いい加減に当てるんじゃああああああっ!」

 ライカは叫びながら雷玉を放ち続けたが、雷玉の大きさはどんどん小さくなっていき、とうとうビー玉のサイズまで小さくなってライカは愕然とした。

「か……、雷玉が!」

 魔女が冷たい笑みを浮かべながら言った。

「フフフッ……。人間の坊やと雷獣の子よ、お前たちが何をしても、アタシが魔力でつくり出した魔法の箒隊には敵わないよ。お前たちにもわかったはずだ。この魔法の箒はパワーも、スピードも、反応速度も、何もかもがお前たちよりずっと上だってね。もう諦めることだねぇ」

「諦めるもんかあああああああああああああああああっ! 絶対にさくらの魂を取り戻すんだ! 絶対に、絶対にさくらを取り戻す!」

 鏡太朗は襲いかかる箒の攻撃を避けながら、魂からの叫び声を上げた。

「これでどうじゃああああああああああっ!」

 ライカは息も絶え絶えの状態で叫んだが、前足から雷玉は出てこなかった。

「わ、わしの体に蓄えていた雷エネルギーを全て使い果たした……。ぎゃっ!」

 呆然としたライカが箒に打たれ、床に激突した。

「ライちゃん!」

 鏡太朗はライカに駆け寄ると、ライカを胸に抱えながら転がって四本の箒の突きをかわし、すぐに起き上がった。


「お前たち、もう限界じゃないかい? いい加減に諦めな。諦めて帰るのなら、お前たちのことは特別に見逃してやるよ」

「さくらの魂を取り戻すまで、絶対に諦めるもんかああああああああっ!」

「鏡太朗……」

「何、ライちゃん?」

「お前が言っている『さくら』って、何のことじゃ?」

「え?」

 鏡太朗の表情が固まった。

「さくら? わからない。俺『さくら』なんて言った? ぐわああああああっ!」

 鏡太朗の左肩を箒が水平に振り抜き、鏡太朗はライカを抱いたまま数メートル吹き飛んだ。様子を見ていた魔女がニヤリと笑った。

『フフフッ……。魔法の掃除機で魂を吸い込まれた者が存在していたことは、一時間経つと全ての者の記憶から消えてしまう。そうすれば、魂を取り返そうなんて誰も思わなくなる。これは、魔女族史上、最強の魔力を持つと言われるワタシにしかできない特別な魔法なのさ』

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