表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

婚約破棄され涙に暮れる貴族令嬢は、以前助けた旅人が「君を守る」と言うので任せてみた

 街で困っている人を見ると、すすっと近づいていき、「よろしければお手伝いしても良いですか?」とにこやかな笑みと共に声をかける。

 リュイーナ・ウィスラルは、いつもそんな調子で、誰かが困っていると手助けをする貴族令嬢だった。

 今日も街を散策していたところ、足を引きずり、大変そうに歩く高齢女性の荷物を持ち、彼女の家まで運んでいた。

「ありがとうね」

「お手伝いできて良かったです。今日も幸せな一日を!」

 リュイーナは高齢女性にそう告げると、またにこにこと笑みを浮かべて歩き始めた。付き添いの者がついてはいるが、彼らはリュイーナがしたいまま見守っている。もちろん一緒に手伝うこともある。

 今度は、持っていた荷物を盛大にまき散らしてしまった男性を見つけた。慌てて拾う男性と共に、リュイーナと従者は荷物を拾った。

「すまないね」

 すべて拾い終えると、男性は申し訳なさそうに言った。するとリュイーナは笑顔を浮かべ、答える。

「お手伝いできて良かったです。今日も良い日になりますように!」

 そうした行動は、リュイーナからすればごく自然のものだったが、彼女の行動は貴族仲間からは奇妙に映っているようで、様々な噂をされた。

 生まれが平民の隠し子なのではないかとか、実は実家がものすごく困っているのではないかとか。それぐらい、貴族である彼女が手伝うという行為が周囲には奇異に映っていたようである。

 だが彼女は、それで自身の行動を変えることはなかった。

 彼女は親切で、いつもにこにこと笑みを浮かべている。その様子に、偽善者という人もいたけれど、彼女を慕う仲間も同じだけいた。

 リュイーナは茶色い長い髪を後ろに束ね、黄色の服を好んで着ていた。何故黄色を着るのかと友人が尋ねたら、「初対面で話しかけても、人が恐がらない色だから」と、彼女は笑った。

 そんな彼女がある日、不審者のような旅人を見かけた。髪はぼさぼさで体中土埃まみれ、服はぼろぼろに破け、ところどころ血の跡もある。そんなみすぼらしい格好をした若い男性が、家の近くを力なくふらふらと歩いているのを、リュイーナが見つけたのだ。

 リュイーナは彼に話しかけた。どうやらその男性は旅をしていたところ、盗賊に襲われお金が無くなり、困っていたのだという。

 リュイーナは家に泊められるよう家族を説得した。家族もいつものことなので、彼を家族のように歓迎した。

 広いテーブルには、豪華な料理が並んでいた。リュイーナが客人をもてなしたいと、料理スタッフに伝えると、彼らは料理の腕を競うかのように立派なものを作り上げた。彼らはリュイーナのあたたかな心意気が大好きだったし、リュイーナはいつも彼らの料理を喜んだ。

 皆でおいしい料理を楽しみながら、今日あった素敵なことを話した。リュイーナは、迷子の子どもと一緒に保護者を探し歩いた時に、素敵な花壇を見つけて嬉しかったという話をしていた。

「遠慮せず、もっと食べなさい」

 リュイーナの父が、旅人の彼にそう言って食事をすすめる。

「そうよ。しっかり食べないとね。ところで、あなたのお名前は? 何と呼べばよいかしら?」

 リュイーナの母が笑顔で尋ねる。

「えっと……ニトと呼んでください」

「ニト。よろしくね」

 彼はそうしたリュイーナ一家の優しさに触れ、小さな笑顔を見せた。

 二晩ほどゆっくり過ごし、体力が回復した彼は、これ以上世話になっては申し訳ないと、ここを離れることにした。するとリュイーナたちは、彼が無事故郷に帰れるよう、旅の資金を渡そうとし始めた。彼は「これ以上お世話になるわけには」と一度は拒否した。

 けれどリュイーナが笑顔で「これも何かのご縁ですから、受け取ってください」と言い、みんながにこにこと見守るので、ニトは断り切れずそれを受け取った。

 彼を見送ったリュイーナたちは、「今日も素敵なご縁があって良かったね」とにこやかな笑顔を浮かべ、彼の幸せを祈った。


◆ ◆ ◆


 リュイーナはいつも笑顔を浮かべていた。

 大抵のことでは笑顔を崩さないぐらい、彼女はいつもにこやかだった。

 だけどある日から、リュイーナの笑顔が消えた。

 大好きだった婚約者が、他に好きな女性ができたからという理由で、婚約破棄をしてきたからだ。

 しかもその、好きになった女性というのはリュイーナの友人だった。

 リュイーナは婚約者と友人に裏切られ、悲しみでいっぱいになった。

 どうして? 何故?

 彼女はいつものように散策に出ることもなく、部屋に籠って泣いていた。

 誰にも会いたくなかった。

 リュイーナを心配して、家族が話しかける。けれどリュイーナの気持ちは癒えず、彼女は毎日のように 目を真っ赤にして、食事もほとんどとらなかった。

 そんな彼女を心配して、親友のウェリアがリュイーナを外に連れ出した。

 リュイーナは花を見ることが好きだったので、ウェリアの知る最も美しい薔薇園に彼女と向かった。

 一面薔薇が咲いているその場所には、色とりどりの薔薇が咲き乱れ、さわやかな香りが辺り中に漂っていた。

 人が大勢見に来ていたが、リュイーナが来ているのを見かけると、どの人も笑顔であいさつをしながら道を譲ってくれた。

 ウェリアや他の人々が優しく接してくれたのと、美しい薔薇に心和んだのもあって、リュイーナに少しだけ笑顔が戻ってきていた。

 けれど帰宅したリュイーナに、更なる苦難が待ち構えていた。

 リュイーナの父が突然病に倒れ、やらなければならないことが山積みとなり、リュイーナの兄と母はそのことに追われた。リュイーナも彼らのサポートに回っていたが、この大変さの原因の一つに自身の婚約破棄があることに気づいたリュイーナは、また悲しみを思い出してしまった。

 周囲に迷惑をかけまいと、リュイーナは一人、ウェリアが連れて行ってくれた薔薇園に来ていた。ここに来れば、また笑顔になれると思ったのだ。

 けれど薔薇はシーズンを終え、ほとんど咲いておらず、人の姿もなかった。

 リュイーナは一人うずくまって泣いた。

 大好きだった婚約者の彼のこと、仲の良かった友人のことを思った。

 ただでさえ悲しかったそのことが、今回の父親の件にも響いていること、今家族が大変な思いをしていることを思い、泣いた。

 リュイーナは他の人たちに、もう涙を見せたくはなかった。

 だからここでひたすら泣こう。

 そう思って、一人涙が枯れるまで泣いていようと思った。

 その時。

「大丈夫ですか?」

 声がして顔を上げてみると、見たことのある男性が立っていた。

 以前リュイーナが家に泊めてあげた旅人のニトだった。

 けれどその時とはだいぶ印象が異なっていた。

 彼は艶やかな黒い髪に、青い瞳をしていて、黒に金の刺繍の入った豪奢な服を着ていた。

 リュイーナは咄嗟に涙を拭こうとした。けれど涙は止まってはくれなくて、リュイーナは困ったように泣きながら笑みを浮かべた。

 そんなリュイーナを見て、ニトは困ったように言う。

「もう泣かないで」

 それでもリュイーナは涙を止めることができなかった。止めようとはしているのだが、悲しい気持ちが離れず、涙が止まらないのだ。

 それを見て、彼は言った。

「圧倒的権力で君を守るから」

 リュイーナはその言葉に、きょとんと目を丸くした。

 そしておかしな冗談を言う人だと思った。

「ありがとうございます」

 リュイーナの涙が止まり、少しだけ笑顔が戻った。

「冗談でも嬉しいです」

「冗談では言ってないですよ」

 彼はそう言って、リュイーナを見つめる。

「私に任せてもらってもいいですか?」

 彼がそう言うので、リュイーナはどうしようかと思ったけれど。

「では、お願いします」

 と、答えてみた。

「任せてください」

 彼は小さく笑みを浮かべた。


◆ ◆ ◆


 リュイーナがニトと再会してから数日後。

 リュイーナたちの元に、世界的権威の医師がやって来て、リュイーナの父の治療を始めた。地元の名医は匙を投げていたが、医師は治せるとはっきりと言い切ってくれた。実際に、体調は日に日に良くなっていった。

 リュイーナの兄と母が苦戦していた、様々な問題、特に領土内の問題についても、すぐに解決した。それまで関係のなかった貴族が間に入ってくれて、徹底的にサポートしてくれたのだ。

 何故彼らを助けてくれるのか、疑問に思った兄が尋ねてみたところ、「あなたがたが大変素晴らしい方々だと伺ったので」とだけ教えてくれた。誰から聞いたのかは答えてはくれなかった。

 リュイーナは状況が落ち着いてきたのもあり、ほっとしていた。

 そんなある日、婚約者を奪った友人が、リュイーナの家にやって来た。

 正直リュイーナはもう会いたくないと思っていたが、友人はリュイーナに深々と謝罪をした。

「本当に申し訳ないことをしました」

 謝ってくるようなタイプだとは思っていなかったので、友人が謝りに来たことがリュイーナには意外だった。

「なぜ謝りに来たのですか?」

 リュイーナがそう尋ねると、友人は口を開いた。

「私が悪かったからです」

「それだけで謝りに来るあなたじゃないでしょう?」

 リュイーナは少々きつくそう言って、理由を尋ねた。

「もちろん、あなたに謝りたいと思ってここに来ました。申し訳ないことをしたと、本当に思っています。ただ、その、あなたにきちんと謝罪をしなければ、家ごと潰すと言われて。だからどうか許してください。本当に申し訳ありませんでした」

「どなたに言われたんですか?」

「それは言えないのですが、とにかく謝りたいのです」

 リュイーナは彼女が必死に謝るのを聞いて、それまで思っていた怒りが消えていくのを感じた。

 彼女の話によると、本当は元婚約者も別で謝罪に来ようとしていたらしい。だが彼の方はかなり状況がひどいようで来られず、謝罪の手紙を彼女が代わりに持って来ていた。

 リュイーナは一応それに目を通した。ただひたすら「自分が悪かった。許して欲しい」と書かれていた。「あなたの許しを得られないなら、彼女とは別れます」とも。

 リュイーナは手紙を閉じ、小さくため息をつくと、頭を下げたままの彼女に声をかけた。

「もう謝らなくていいです。あと、別れなくていいです。私はもう、彼には興味が無いですから」

 そう言ってリュイーナは、彼女たちを許すことにした。

 彼女が帰っていったのを見て、リュイーナは不思議な思いでいっぱいになった。

 彼らを許せたことで、心に渦巻いていた嫌なものがすーっと消えていくのがわかった。

 もう彼女のことも、彼のことも憎くなくなっていた。

 彼らもどうかお幸せに。良い経験をありがとう。

 そう思えた途端、心が軽くなるのがわかった。

 リュイーナに笑顔が戻った。

 それにしても、これはどういうことなのだろう?

 リュイーナはそう思い、考えた。

 もしかして、もしかしなくても、これはニトの仕業なのではないか?

「圧倒的権力で君を守る」などという、冗談みたいなことを言った彼。

 彼は一体何者なのだろう?

 リュイーナがニトに会いたいと思っていると、翌日豪華な馬車がやって来た。

 その馬車を見て、リュイーナたちはそれが王族のものであることに気づいた。馬車に刻まれた紋章がそのことを示していたからだ。

 しかもそれは、氷の王子と呼ばれる、恐ろしい第一王子の馬車だった。

 慌てて家族一同お出迎えをし、何事かと思っていると、馬車からニトが出て来た。

 聞けば彼が、氷の第一王子リリニトだった。

 滅多に人前に姿を現さず、気に入らない人は次々にクビにし、兄弟とも仲が悪い。関わるとすぐに消されるとも言われ、貴族であるリュイーナたちも王子の姿をはっきりとは知らなかった。そしてその評判故に彼は氷の王子と呼ばれていた。

 リリニトは言う。以前旅をしていた際、盗賊に襲われ、必死で逃げのび何とか歩いて街まで辿り着いたが、みすぼらしい姿の彼にどの人も冷たかった。そんな絶望の中にいた時、リュイーナが助けてくれたのだと。

 それからリリニトは、リュイーナに恩返しをしたいとずっと思っていた。

 そして、もし叶うなら、友人になりたいと彼は言った。

 リュイーナは恐縮しながら、「こう言うと失礼かもしれませんが、あなたと会ったときから、もう友人ですよ」と笑顔で答えた。

 彼らはそうして友人になり、時々会って話をするようになった。

 リュイーナは、「今日あった素敵なこと」を、楽しそうに語った。リリニトはいつも穏やかな表情でそれを聞いていた。

 王宮内にリュイーナを呼ぶこともあるし、外で会うこともあった。

 リリニトがいるにも関わらず、リュイーナが様々な人を助けるのを、リリニトは不思議そうに見ていた。リリニトからしても、リュイーナの行動は不思議だったのだ。

 けれどリュイーナが笑顔でそうするのを、また相手が笑顔で感謝の言葉を述べるのを、リリニトはしっかりと聞いていた。

 そして何かできることはないかと、王子の立場で彼らを助けた。

 氷の王子と呼ばれていたリリニトだったが、リュイーナと行動を共にするうちに、「実は優しい王子様」と囁かれるようになっていた。

 それには彼自身意外だったようで、最初は戸惑っていたけれど、案外悪くはないと彼は思った。


◆ ◆ ◆


 リュイーナが23歳の誕生日を迎えた日。

 リリニトは、リュイーナが好きな赤い薔薇の花束を持って、彼女に正式にプロポーズをした。

 リュイーナは驚いていたけれど、笑顔でそれを受け入れた。

「今日もこんな素敵なことがあってね」

 リュイーナはそう言って笑った。

 リリニトは今日も、彼女の笑顔を守り続けている。



<終わり>



最後までご覧いただきありがとうございました!


あなたに素敵なことが起こりますように!


もしよろしければ、評価・ブックマークなど、応援いただけると嬉しいです!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ